AAR/まったりホーエンシュタウフェン家

筆者の独り言

Hartmannの時代に皇帝に対して反旗を翻したわけですが正直やっちゃったなーって気分でいる筆者です。前回の筆者の独り言でなんとなく中だるみしてるなということで勝てるか微妙なところで仕掛けてしまったというところはあります。かつ、参戦してくる諸侯もそんなに多くないという状況で突然のHartmann死去。AARなんぞ書いていなければ、リロードしたくなるような状況ではありますが、AARの書き手としてはこれで書きやすくなるネタができたということで前向きにプレイしていきたいと思います。

King Udo I of Africaの時代

戦争中ではあるが新当主の紹介をしたい。

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なお、多くの諸侯が反乱をしたがっている様子

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最後に戦況の確認を、まずはドイツ戦線から。数の上では、皇帝軍のほうが優勢になりつつあります。

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イタリア・アフリカ戦線。こちらは特に変化なし。

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最後に中東戦線。こちらに敵の姿はなく、自領の奪還作戦中

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最後にスコアの確認。+79%ではありますが100%になるまで安心できない戦いが続きそうです。

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1228年5月 Upper Lorraine公爵反乱、しかしながら皇帝との戦いに専念したい。

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同月 Udoが教皇に破門される。これにより諸侯がいっせいに反旗を翻す。以下に反乱した諸侯を記す。
5月9日 Capua公爵
同月26日 Baden公爵、Mechlenburg公爵
6月7日 Salerno公爵

以上5つもの公爵家に反乱を起こされた。そして8月にUdoはIncapableとなってしまう。
もはやこれまでか、という状況の下、翌月の1228年9月King Udo I of Africaは28歳の若さでこの世を去る。またUdoは後継者に自分の長男であるHartmannを望んでいたが、諸侯はこれを認めずDuke Lother I of Galileeを推戴し、ホーエンシュタウフェン家はアフリカの王冠を失った。

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Last-modified: 2012-04-14 (土) 13:25:25