AAR/ラテン帝国を取り戻せ!

前回の間違い帝政もとい訂正

前回、ハンガリー消滅→カルパチア王国、と書きましたが、
コメントでも指摘され、よく見てみたら実際は「カルパチア帝国」でした。

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こんな国あったんですね。始めて見ました(あんまりやりこんでないの露呈)。
見たこと無い国見つけたら気を付けることにします。ごめんなさい。

なお、建国者はハンガリーの「大王」アンドラーシュ1世。武勇20の怪獣でした。

アンコーナ公グリエルモ2世の治世

1256年 即位

1256年6月、先代・先々代の遥かな遠縁であるグリエルモ2世は、28歳でアンコーナ公を継いだ。

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成人時に持っていた「勤勉」「勇敢」「公正」「親切」に加え、即位前にいつの間にか「社交的」まで身に付けていた。
もちろんこの後エルサレム巡礼して、さらに「巡礼者」の特性を得ている。おかげで封臣からの評判は絶好調だ。
狙っってても中々ここまではならんぞ・・・素の能力は物足りないが、それを性格でカバーしているタイプの公爵である。

そんな彼の治世は、勝利と栄光の歴史そのものとなる。

彼の初仕事は、先代から続いているアルジェへの聖戦にケリをつけることだった。
もっとも、即位時点で後は戦勝点を稼ぐだけの状態であり、

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即位後4ヶ月で戦勝確定。手に入れたアルジェ3州は、先代ボニファーチョの長女の旦那、「天才」持ちのトマソに纏めて与えた。
あのあたりは非常に貧乏なので、3州まとめても実質は1州半程度、と考えたためだ。
まあ、他に成人している一族がいなかったというのもあるが・・・

なお、これに奮起したのか、この数年後トマソは、「怠惰」の特性を「勤勉」に180度変化させてしまった。こういうのを見ると嬉しいよね。

1257年 開始50年記念。

さて。ここで迎えた1257年は、ちょうど本プレイが始まって半世紀、50年が経過したことになる。
ここでふと気になって、もう一つのアレラミチ、ラテン帝国テッサロニキ公の様子を見ていると・・・

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 「鉄壁」のテッサロニキ公、デメトリオ。開始時のテッサロニキ公領を寸土も譲っていない。

開始時1歳だったデメトリオが未だ現役バリバリだった。跡継ぎもしっかりいる。
ラテン帝国は色々ボロボロだが、テッサロニキは保っていてほしいものだ。
余談だが、このデメトリオはさらに今後20年ラテン帝国の守護神として忠誠を尽くす。
彼の死後、ラテン帝国はその存亡の危機に立たされることになるが・・・それはのちの話。

1260年 女神を見つけてしまったのだ

さて。

1260年、5月。嫁を暗殺した。犯人は露見しなかった。

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外交17に「影の実力者」「好色」持ちと、配偶者として充分なステータスはあった。
しかし・・・

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ちょっとこの女神を見つけてしまっては、欲求を抑えることが出来なかった。仕方ないよね。
「天才」持ちの外交15管理23とかちょっと神々しすぎますよね。反省はしていないよ。

また同時期、アルボレア伯がピサ領コルシカ島の領有権を得ることに成功していたため、
これ幸いとpress claimし、コルシカを攻略している。

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これでアルボレア伯は2領を直轄することになるが、まあそのうち機会を見て片方没収するとして。

1261年 大西洋を目指して

61年8月、コルシカ攻略を終えた我が軍は、次いでALMANIDに対し、トレムセンを賭けた聖戦を布告。

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ちょうどトレムセンでは絶賛反乱開催中で、ALMANID軍と反乱軍を各個に殲滅、2年余の戦いであっさり勝利し、トレムセン3州を確保。
いよいよ成人している一族が枯渇したため、
伯爵には、各地からinvite countしてきた、成人かつ既婚・男子持ちの、30代~40代のイタリア人夫婦を適宜封じている。
だいたいがそこらへんの伯家や男爵家の次男三男だが、意外と既婚&男子持ち、という条件が厳しく、中には十字軍諸国出身者も交じってたりする。

まだまだ攻勢の手は緩めない。65年5月、フランスがバレアレス諸島を賭けてムワッヒド朝に宣戦したのを見、

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ムワッヒドの首都州・フェズにHoly War。
途中ムワッヒド全軍約10000が突っ込んできたため、またもチュートン騎士団の手助けを求める局面などもありつつ、
野戦で敵主力を撃破、事後攻城戦の流れで無難に勝利し、67年12月にフェズの2州を獲得。

更に68年2月、良いタイミングでALMANIDで代替わりがあり、若干9歳のスルタンが誕生、停戦期間が消滅したため、

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ジブラルタルの対岸、タンジール目がけて聖戦布告。
さすがに連戦で封臣の不満がかさんできたため、直轄領の軍のみで戦争した上、
途中でHRE本体が、ムワッヒド領のアルジェ3州を目指した聖戦を布告してしまい、
戦場が混沌としたことなどから5年ほどの時間がかかったが、これにも無事勝利。

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アンコーナ公領は大西洋まで広がった。
悔しいことに、ムワッヒドの持っていたアルジェ3州は皇帝に回収されてしまった。
これで非アンコーナ公領の帝国領は全部で7州。結構な広さになっている。

アフリカはウチの領分だから手を出さなくていいのに・・・ブツブツ

1271年 東方キリスト教世界の危機

これほど急いで勢力拡張を図るのには理由がある。というのも、

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帝都陥落。東方帝国消滅寸前。

1265年に生じたこの体たらくを見てしまっては、イスラム浄化を急ぐのも当然の判断ではなかろうか。
早いとこ勢力広げてイスラムを止めないと、ギリシャが異教に染まってしまう・・・
西方のイスラム潰して王号一つ手に入れて、しかる後にギリシャ進出、この流れで。

1266年 皇帝の気まぐれ

なお、アンコーナ公軍が西方征伐を続けているさなかの66年頃、イタリアでは一つ面白い事態が起こっていた。

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裏でコッソリ作っていた、独立都市ピサに対する領有権を用い、皇帝がピサに宣戦してくれたのである。
西方進撃の間に2・3領分捏造しておき、機を見てpless All claimでピサ領を纏めてゲット、と考えていたのだが、
ピサ市だけでも皇帝がやってくれるというならありがたい話。アンコーナ公軍は全く働くこと無く、ピサ市を入手することが出来た。
後々商業共和国にするつもりなので、ピサの州都はそのまま都市のまま、市長の統治に任せている。

なお、これでグリエルモ2世→皇帝 のオピニオンが100になったため、
この後皇帝が起こした戦争に、アンコーナ公軍が何千と動員されるようになっていた・・・
まあ・・・うん・・・ 早く独立したいわ。

1267年 長男成人

こうした領土拡張の中でも、もちろん人は歳をとっていく。67年には前妻との間に設けていた長男が成人している。ステータスは以下の通り。

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その外交値と学習値を入れ替えてくれ。

名前はまたしてもグリエルモ。管理17は光るが、外交「1」というのは当主としてはいかがなものか。
「ミデアの手」かつ「好色」で子供が増えやすそうなのはGOOD。

結婚相手は、5歳の時に婚約したシュレスヴィヒ家のモデナ公ウルフヒルデ。
ステータスの全般的な凡庸さもさることながら、結婚前に既に私生児がいることにも注目されたい。
ちなみにこの娘、母親の「美貌」を受け継いでいる。全く・・・

まあ背景事情はどうあれ、二人の間に生まれた子は、モデナ公を継承することができる。もちろん長男にはアフリカに伯領を1つ与えてある。
モデナ公は直轄1領・封臣1領の小公爵家だが、
どこもかしこもやれ「選挙制」だの「年長者相続」だので、継承乗っ取りが上手くいかない中、何とか成功にこぎつけられそうな初の事例だ。
是非2人には愛息を設けてほしいものだ。

と思っていたらこの6年後、モデナ女公は男児2人を残し、26歳の若さであっさりお陀仏していた。

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これは良い感じに乗っ取れたか?

他にも、凄まじいステータスの露助を見つけたため、invite countで迎え入れた上で、分家の女子と女系結婚させたり、

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幼少期(?)のイベントでライバル化しており、極めて鬱陶しい存在となっていた親戚の伯を、事故に見せかけて暗殺したりと、

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まあCK2にはよくあること、的な、国内の安定化・次代の育成計画を進めている。

1270年 楽しい乗っ取り作戦

また別件では、シチリア王国内にレッチェ・タラントの2領を構えるブリエンヌ家のマオー女伯が、
本人=44歳 子供=女児1人未婚約 と、乗っ取ってくださいと言わんばかりの状態になっていたため、
グリエルモ2世の次男と婚約させ、乗っ取りチャレンジを行っている。

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シチリア王国は相変わらずホーエンシュタウフェン朝(ただし当主はイタリア人化)
ここまで全当主が30代で死んでおり、男児の幼君が継ぐケースばかりとなっている。
良く男系で繋がっているものだ、と感心してしまう。

余談だが、1207年にレッチェ・タラントの2領を構えるといえば、旧シチリア王家オートヴィル家であるが、
本プレイ中では初代アルビニアに男児が産まれずあっさり断絶、旦那のブリエンヌ家が乗っとる……という形になっていた。
で、オートヴィルの別の一派は、現在フランス領バレアレス諸島で伯爵をしていたりする。しぶとい。

1274年 公爵自重しろ

各方面との停戦切れ・領有権捏造を待っているこの時期、公爵の私生活にちょっとした椿事が発生した。

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側室を作ろうというのはまあ良いとして、相手が問題だ。
なんぼなんでも、先代ボニファーチョ1世が末期に残した双子の片割れというのは気合が入り過ぎている。
公爵には自重していただいた。ちょっとそれはあんまりだ。

なおこの後、50を目前にした公爵と34歳の妻キャサリンは、その歳で恋人関係になり、
怒涛の勢いで息子1人と娘2人を新たに作ってしまった。浮気させないで正解だったね。

・・・また、上の彼女の婿が、先ほど見せた「凄いステータスの露助」だったりする。

1277年 イングランド崩壊

西方イスラム2王朝との停戦期間早く切れろー、と思いつつ、建物ポチポチ建てながら世界情勢を眺めていたある日、それは起こった。

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・・・イングランドからアキテーヌが独立してる。何がどうしてこうなった・・・
と目を丸くしていたら、これが翌年にはこうなっていた。

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イングランド王国大分裂。

大陸ではアキテーヌ王国・ガスコーニュ公国等4ヶ国が独立。
ブリテンではど真ん中にワーウィック公領、更にノーフォーク・サフォークの2伯領が独立。

いったい・・・
       何が・・・
            どうして・・・
                   理解が・・・

こんなこと起こり得るんだなァ・・・CK2世界は複雑怪奇や・・・

なお余談であるが、この大崩壊を招いたイングランド国王の名は、よりにもよって
ジョン王
であった。
ちなみにアキテーヌには11歳の少年王アーサー1世が即位している。ジョークが過ぎるんじゃないかなぁ。

1278年 アフリカ征討

イングランドで巻き起こった激動過ぎる激動に頭を抱えつつ、ともかく、ムワッヒドとの停戦期限が切れたのを確認したので、

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彼奴等が持つアフリカ領の大半を占める、マラケシュを目がけての聖戦を布告。
この時期、ムワッヒドはポルトガルによる欧州大西洋岸一帯への攻勢を受けており、
今度も楽に勝てるだろうとタカをくくって攻め込んだ。

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実際楽勝であった。占領に手間取っただけで、1281年10月に完勝を確定させ、モロッコのほぼ全域を手中に収めるに至った。
グリエルモ2世によって為された北アフリカでの一連の征服事業によって、今や彼はこの名で知られる。すなわち、

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The Great. 偉大なる公爵グリエルモ2世である。

もっとも、同時期に起こったバッドイベントによって、グリエルモ2世は新たに「酒浸り」の特性を得てしまっている。

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人間50を過ぎると段々脆くなってくるのだろうか。

1281年 ビザンツ帝国の賭け

モロッコ征服に続いて、いつの間にかピサから独立していたサルデーニャ南部・カリアリ伯国への請求権捏造が成功したのを受けて、

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侵攻。1領伯国相手に手こずるはずもない。占領行動を眺めながら、ちょっと東方の様子を見てみると・・・

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ビザンツ皇帝 露助になる。

こんなん笑うわ。

称号までツァーリになっとる。ギャグか。亡国寸前のヤケクソか。

で、それと同時に、この16歳の若きツァーリの嫁も、よく見たら王号を帯びている。
どこの王だと思って見たら、思わず唸る相手であった。

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リュジニャン家、キプロスとエルサレムの女王エグランティーヌ。
何故か未だにレヴァント沿岸にへばりつき続けている十字軍王国の末裔と、
残り領土3つにまで削り取られた東方帝国の残りカスの婚姻同盟だったのだ。

この二家が次の代で統合されれば、まだ生き延びる可能性がある、と、ビザンツ宮廷はそう考えたのだろうか。
それにしても、わざわざロシア人の王を選ぶ理由はなかったと思うが、何故そうなってしまったのか。

・・・と思ったらこの2年後、ラスカリス家の人間が帝位奪還に決起していた。

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もしかしてビザンツ帝国は滅びたいのだろうか?

1287年 あまりにもあっけない

1283年10月、停戦期限切れを見て、UTMANIDに聖戦布告。

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86年3月までかけて大陸に残る領土全てを奪い取り、奴らをカナリア諸島に押し込め、次の聖戦で滅亡に追いやれるのが確定した。

次に攻め込むのは、第4次十字軍の落とし種の1つ、エピルス専制候国だ。

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エピルスは紫色。1286年現在ヴェネチアと戦争中。

本AARの第2話、アンコーナ公グリエルモ1世(1232~1239) の最後のあたりで、

「キプロス公の長男は、エピルス専制候国の女公と通常結婚しており、
 素直に行けば、次代で、キプロスはエピルスも継承し、東地中海の一大勢力にのし上がることになる。」

と書いたが、どうも継承が素直に行かなかったようで、エピルスとキプロスは統合されず、
エピルスはアドリア海岸の弱小国としてどうにか生き残っている。

で、聖戦中にせっせと領有権を捏造していたというわけだ。

グリエルモ2世は現在59歳ながら、未だに病気一つしておらず、死にそうな気配がない。
一代限りの領有権といえど、充分生き永らえてくれるだろう。喰らえpress All claim!

現在のアンコーナ公軍は、公の直轄軍だけで6000を超える。総動員すれば万を数える。余裕余裕よゆ・・・

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!?

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あ 
   あ
      あ

Alas!

指揮官入れ替えるの忘れてた・・・うっかりしてた・・・

1287年 治世の終わり

アンコーナ公爵グリエルモ2世、享年59。31年に及ぶ長い治世は、余りにもあっけなく終わった。
一代にしてアフリカ西部のイスラム国家をほぼ征服し、The Greatと呼ばれた公爵は、
いよいよ念願であったギリシャ方面への進出に向け、橋頭堡を築かんと、
小国・エピルス専制候国の征服戦に陣頭で当たっていたところを急襲され、戦死した。

後継者は36歳の長男、グリエルモ3世。後継選挙では満票を得ての選出であった。

いやあうっかりしてましたわ・・・参ったわ・・・59歳にして病気にも鬱にもストレスにもならず、まだまだ死にそうになかったのに・・・




NEXT アンコーナ公グリエルモ3世(1287~


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Last-modified: 2016-07-08 (金) 00:21:14