初心者による初心者のためのブルグンド王国

無事、1453年1月1日までのプレイを完走しましたが、ここでは15世紀後半以降の世界の動きについて、若干大幅な妄想を交えて見ていきたいと思います。

ボソン家の後裔たち

神聖ローマ皇帝・Erich賢帝

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Erich賢帝は1453年1月1日の時点でまだ40歳。平均的なボソン家の当主の寿命をおよそ65歳程度とすれば、まだまだその治世の前半にあるといえます。その短い間に、立て続けに戦争を遂行し、ピサ王国、シチリア王国、リトアニア王国の三王国を併合しており、彼の視線は更に遠くを見つめているに違いありません。
 
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ブルガリアやコーカサスには正教徒や正教の一派である偶像破壊主義者たちが居住している。

 
ところが、総てのキリスト教徒の諸侯は神聖帝国の名の下にErich賢帝によって統合されており、皇帝は新たな攻略目標を掲げる必要がありました。その第一の候補は、「未回収のビザンティン帝国」とされるブルガリア、そしてコーカサス地方でしょう。これらの地方に加え、クリミア半島にはムスリムに支配されながらもキリスト教徒たちが生活しており、彼らの解放は神聖帝国の次なる目標として相応しいものと言えそうです。
 

皇太子Giselbertへの帝位継承

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皇太子Giselbert。親切(Kind)で勇敢(Brave)で社交的(Gregarious)と良い君主の素質は充分である。
現時点で「ジェノヴァ公の宮廷」に在住していることも重要です。(紋を見てくださいね。)

 
帝国の後継者と見做されるのは長男のGiselbertです。ビザンティン帝国の継承法は分割相続となっているため、帝国はErich賢帝の死とともに分裂の危機にあり、帝権も低いため、他の帝位に合わせて長子相続制へ移行することもできません。
 
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この法案が通っても長子相続制には変更できない。

 
しかし、Erich賢帝自身は、帝権の一括相続を望むでしょう。特に、シチリア王国(シチリア島とイタリア半島南部)のビザンティン帝国への「割譲」は許さないのではないでしょうか。自らの腹心であり、ロタリンギア王位まで与えたGiserbertと偶然ながら同じ名前を持っている長男の皇太子Giselbertを溺愛しているはずで、なんとか長男をビザンティン帝位に就けようと画策することと思われます。
 
ビザンティン帝位の廃止(ただし分割相続制度のままでは実行不可)、ビザンティン帝位の長子Giserbertへの生前譲位(帝国内の直轄領が必要となるが、ブルガリアなどへの聖戦で獲得できる見込みは高い)、次男Amadeusらの相続権を否定する(司教にするなどいくつかの方法がある)、ビザンティン帝国を第一称号とする、など可能性のある方法は様々あります。
 

ちなみに、第一称号を分割相続制、第二称号以降を総て長子相続制としておくと、
総ての称号が安全に長男に渡る状態を維持したままで、直轄領のボーナスを得て、
長子以外の子へのOpinionのペナルティやUnlanded Sonによる威信のペナルティも相殺するようです。
これは仕様なのでしょうかね?

注意したいのは、新たな称号を創設する時(長子相続にしたい場合)くらいでしょうか。

 
神聖帝国の最初の分岐点は帝権が分割されるか否かにありますが、仮に分割されたとしても、皇太子Giselbertはビザンティン帝位への強い請求権を保持することとなり、東西を分かつ戦争の末に皇太子Giselbertが帝国の版図全体を継承する可能性は極めて高いと思います。

皇太子Giselbertの治世

皇太子Giselbertはジェノヴァ女公Bertchteと結婚してからというもの、ジェノヴァに居住しており、ジェノヴァでの生活に大きな影響を受けていることと思われます。ジェノヴァは長らくボソン家の直轄地でしたが、ピサ攻略の過程でイタリア王位を創設し、その後、王位が本家から散逸していく過程で直轄地から外れています。
 
ジェノヴァを第二の故郷とする皇帝によって、「海上十字軍」を指揮したHeinrich授福帝やGerlach残酷帝の時代のようなある種の「海洋志向」が再び帝国に戻ってくることとなるかも知れません。そして、Giselbertの目標はカイロの征服となるでしょう。カイロにはアッサーディ朝の宮廷が置かれ、中東地域随一の栄華を誇っているほか、スエズ地峡を抑えることは、紅海を通じたインド洋貿易への進出の足掛かりとなるからです。
 
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これは、長年、西アジアからアフリカに至る大帝国を築いてきたファーティマ朝の分裂により、交易路が寸断され、香辛料などの資源の供給が不安定となってきた状況を打破する契機となるでしょう。大帝国が崩壊し、様々な勢力が群雄割拠しているアジアの情勢は、神聖ローマ帝国による海洋支配の実現を助けるかも知れません。

そして、Giselbertの息子(まだ生まれていません)の代には、ジェノヴァは直轄領に復帰します。彼は幼少期をジェノヴァで過ごすことになるでしょうから、皇帝の宮廷が故郷であるジェノヴァに移される可能性も高いでしょう。新たな宮殿は、海洋の時代の到来を象徴するものとなるのです。

配下諸侯の動静

帝国配下には22人の王がいますがそのうちで最も大きな権威を誇っているのは間違いなくイングランド王Werner II世です。
 
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3つの王位を兼ね、動員力は5万を超える。

 
それに続く第二の諸侯はカスティーリャ王Bruno III世ですが、誰かの陰謀によってか教皇により破門を受けたBruno III世はイングランド軍による征討を受けており、退位を迫られています。彼の後継者がまだ9歳の少女であることを考えると、カスティーリャは受難の時を迎えているといえるかも知れません。
 
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それに変わって影響力を増してくると思われるのがイタリアです。イタリアは既に第三の諸侯としての地位を確立していますが、Nikolaus王子は、母方からノルウェー王位を相続し、すでに沈黙王と呼ばれる立派な「王」なのです。Nikolausはフィンランドも軍事的に征服しており、将来、三国の王位を兼ね、国力としてもカスティーリャを上回ることが予想されます。
 
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一方で、彼もまた破門の身であり、新たな火種の原因となる可能性もあるのではないでしょうか。

帝国の命運

ユーラシア大陸の西半を見渡す限り、神聖帝国を脅かすような存在は皆無であり、帝国の命運は内部の分裂の如何に関わってくるように思えます。上で示した通り、継承時の分割相続の可能性は否定できませんが、すでに帝国は複数の「帝権」の集合体といえる規模に膨れ上がっており、少々の叛乱は簡単に鎮圧されてしまうことでしょう。
 
現実の歴史と同様、外部からの侵略よりもむしろ、帝国内部の諸侯たちが国家としての力をつけ、独立していくというのが、より自然な展開のように思えます。帝国の運命が潰えるのは、諸侯たちが力を蓄え、その力を抑えることが困難となったときでしょう。
 
史実とは順序が異なりますが、インド洋交易に進出したヨーロッパ商人たちは、遠洋航海の技術を本国に持ち帰ることでしょう。この流れを受け、イングランド、カスティーリャ、イタリアの三国は皇帝が強い統制権を保持する地中海を避けるようにして大西洋に進出し、史実よりはやや遅れて大航海時代を迎えます。新世界、旧世界の双方で広大な植民地を獲得することになった神聖ローマ帝国は次第に緩やかな国家連合という形に変質していきます。
 
植民地主義の拡大とともに、帝域は全世界に拡大します。帝国は、欧州による植民地支配の道具として使われることもありましたが、ロシアや日本といった帝国区域外に勃興した近代国家がオブザーバーとして参加するに至ると、国家というよりは国際機関としての性格を強めていきます。しかし、こうした変容によって形骸化した帝国は、加盟国同士の軋轢を抑制する充分な力を発揮できないようになり、勃発した世界大戦の終結後に帝国は正式に解散し、新たに「国際連盟」が発足することとなるのです。
 
君主制が過去の遺産となった現代社会に於いても、数多くの立憲君主国の王としてボソン家の後裔たちが君臨していることでしょう。


 
初心者による初心者のためのブルグンド王国





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Last-modified: 2015-02-17 (火) 00:36:38