初心者による初心者のためのブルグンド王国

本章の登場人物

dietmar.jpg 神聖ローマ皇帝Dietmar II世 nikolaus.jpg イタリア王Nikolaus
werner.jpg イングランド王Werner。悪魔憑き。 pelayo.jpg カスティーリャ王Pelayo gilbert.jpg アキテーヌ王Gilbert

これまでのあらすじ

神聖ローマ皇帝Dietmar II世は、西欧のほぼ全土を支配下に置くことに成功し、大帝と称されるようになっていた。

大叛乱 (1398年)

1397年10月26日、Ermengau de Comminges元帥は70歳の生涯にその幕を下ろした。
18歳の若さからその死の直前まで50年以上に渡って3代の皇帝に仕え、Dietmar大帝の摂政をも務めた名臣だった。
元帥の死は、帝国全土に激震を及ぼしたのだった。
 
dietmar.jpg イタリア王!
nikolaus.jpg はい。陛下。お呼びですか?
dietmar.jpg 元帥の後任なのだが……、お主の武勇は名高い。是非、引き受けて貰いたいと思うのだが……。
nikolaus.jpg しかし、私は、de Comminges元帥と同い年の高齢です。
dietmar.jpg それは解っているよ。
nikolaus.jpg それでは、スウェーデン王などがむしろ適任かと思うのですが……。
dietmar.jpg 将来的には、彼の力も必要かも知れないが……。だが、今はお主の力が必要なのだ。
nikolaus.jpg どういうことです?
dietmar.jpg 色々と、きな臭い噂が耳に入ってきてな……。
 

帝国の地方経営

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神聖ローマ帝国の版図。配下の王権は太いストライプで示してある。
なお、水玉模様は皇帝が直接保有するブルグンド王国、そしてフランス王国の領域である。
また、白地の地域は直轄領を示している。

帝国領土の拡大に伴って、帝国の麾下にはいくつもの王位が創設され、諸侯それぞれの力も増大していった。
その中で特に絶大な権力を保持していたのはハンガリーとギリシアの王位を兼ねたイングランド王Wernerとカスティーリャ、アンダルシア、ガリシア、レオン、ポルトガル五つの王位を獲得していたPelayoの2名であった。彼らに比肩するほどの実力者は帝国全土を探しても、イタリア王Nikolausを置いてほかにはいなかったのである。
 
この3名に追随するのが、アキテーヌ王Gilbert、デンマーク=アラゴン王Gottfried、ポーランド王Poppoの3名で、さらにアイルランド、スコットランド、ボヘミア、スウェーデン、そして大モラヴィアには小規模ながら王位が創設されており、皇帝の配下としてはこの11名が「王」を名乗っていた。

その他、トスカーナ、下ロレーヌ、バイエルン、フランドル、トゥールーズといった諸侯は王たちにも引けをとらない実力を備えていた。

Ermengau de Comminges元帥が死去すると、皇帝配下の諸侯たちに俄かに不穏な噂が囁かれるようになった。
そして、1398年3月、イングランド王Werner、カスティーリャ王Pelayo、アキテーヌ王Gilbert、スコットランド女王Edith、そしてホランド公のAlainの5名が帝国に反旗を翻したのだった。

上の地図のなかでは叛乱諸侯は、横のストライプで示してあります。

 


 
pelayo.jpg Werner殿、我が旗の下、参陣して頂いて、本当にありがたい。
werner.jpg ぐふふふふ。
pelayo.jpg Gilbert殿も、本当に恩に着ます。
gilbert.jpg しかし、これからが本当の勝負ですよ。戦争に勝たねば、独立はないのだから。
pelayo.jpg それは解っています。ですから、中央の諸侯へは参戦を求めなかったのです。
gilbert.jpg なるほど。各個撃破されては適わぬからな。
pelayo.jpg ええ。決戦に持ち込めば勝機があります。
gilbert.jpg 戦争が長引けば、帝国内で更なる叛乱が勃発するよう扇動しましょう。
pelayo.jpg それは良い!そうなれば、我が方の勝利は確実でしょう。
werner.jpg あはははは。聞こえるぞ。主は我々の勝利を欲しているのだ!
 
map2.jpg

広大な領地が叛乱軍に加わった。

 


 
dietmar.jpg まずいことになったな。
nikolaus.jpg はい。
dietmar.jpg Pelayoは姉の婿だし、Gilbertは姪の夫だ。Wernerはあの性格から言ったら従兄弟とは言え信頼できないとは思っていたが……。
nikolaus.jpg しかし、こうなってしまったからには仕方がないでしょう。
dietmar.jpg 今、頼りになるのはお主だけだ。
nikolaus.jpg 敵方は、単純な軍勢でいえば、我が方を上回っています。
dietmar.jpg どうすれば良い?父の方法を踏襲するか*1
nikolaus.jpg うーむ……、しかし、今回はそれもなかなか難しいでしょう。
dietmar.jpg どういうことだ?
nikolaus.jpg 傭兵を雇うところまでは賛成です。それ以外に方法はないでしょう。
dietmar.jpg では、それを用いて決戦といこうじゃないか。
nikolaus.jpg そういう訳にも行かないのですよ。敵方の領地が遠いですから、敵軍を集合前に叩くのは難しいでしょう。
dietmar.jpg それでは、どうするというのだ?
nikolaus.jpg 敵方はイスパニアとブリタニアそしてアキテーヌの主力を集めて、西方での決戦を狙ってくるでしょう。
dietmar.jpg 決戦の地はどこだ?スイスか?バイエルンか?
nikolaus.jpg いいえ。決戦は避けるのですよ。
 
イタリア、ポーランド、ボヘミア、大モラヴィア、そしてバイエルンから集められた2万5千の軍勢は約2万の傭兵と5000の直属軍を加え東方へと進軍した。
それは、一見、叛乱軍の主力からの逃避行のようにも思われた。
ハンガリーはイングランド王領となっていたものの、西方戦線に重きを置く叛乱軍は殆ど守備隊を置いてはいなかったからだ。
 
hungary.jpg

無人の荒野を行く。ちなみに中央付近の紋が大モラヴィア王国のものである。

ところが、元帥となったイタリア王Nikolausの狙いはまさにそこにあった。
皇帝軍は堅牢さでは西欧と比べてやや劣るハンガリーの城郭*2を強襲し、次々と陥落させた。
そして、叛乱軍は10万にも及ぶ無傷の大軍を保持したまま、僅か半年間で白旗を揚げざるをえない状況に追い込まれたのだった。
 

「大モラヴィア王国」

「大モラヴィア王国」はあまり耳慣れない王国名ですが、1066年の時点ではde jureとして領地が設定されていない、名義上の王国となっています。このような「名義上の王国」は開始年によって相違があるものの、いくつもの例があり、「ラテン帝国」や「ジェノヴァ王国」などが多くの時代でそれに当たります。
 
これらのうちの一部は特定の条件を満たすと、創設することができます。「大モラヴィア王国」は本来、9世紀のチェコ付近に繁栄したスラブ人の王国で、「tribal kingdom(部族制の王国)」のひとつと扱われます。本来は再創設はできないはずなのかも知れませんが、今プレイではブルノを保有することで創設が可能でした。de jureの領域を持たない王号はたとえ皇帝が創設したとしても、王号下に一切の領地が設定されないので無意味ですが、公位を複数保有する「大公」が獲得すれば、相続により版図が散逸する可能性が低減します。「王」が創設する場合、第一称号とすれば、他の王号のde jure外の領地は該当王国下に置かれこそしますが、それ以上の意味はありません。
 
ブルノはゲーム開始直後に成立したボヘミア王国領でしたが、婚姻によりブルノ伯の相続人がすでにザクセン公領内に領地を保有していたことから、ザクセン公領に移りました。ザクセン公はまた、婚姻によりヘルレ公位とともにバレンシアなどの領国を手にしており、これらの結果、ザクセン公は「大モラヴィア王」を名乗るようになりました。こうして、帝国のなかでも有力な諸侯に成長していったのです。

greatmoravia.jpg


 
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*1 Gerlach冷酷帝は傭兵を主力として敵軍が合流し大軍となる前にそれを叩き、勝利を得ている。
*2 fort levelは西欧では7.5に達しいるのに対して、ハンガリーでは軒並み6.5程度だった。

添付ファイル: filemap3.jpg 297件 [詳細] filemap2.jpg 336件 [詳細] filehungary.jpg 261件 [詳細] filemap.jpg 114件 [詳細] filegreatmoravia.jpg 248件 [詳細] filenikolaus.jpg 267件 [詳細] filepelayo.jpg 261件 [詳細] filegilbert.jpg 252件 [詳細] filewerner.jpg 250件 [詳細] filedietmar.jpg 265件 [詳細]

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Last-modified: 2015-02-17 (火) 23:56:33