AAR/ギデオン家の人びと

主のつるぎ、ギデオンのつるぎ 後編

 騾馬と荷車が気のとおくなるほど長い列をつくって、たしかに一方からもう一方へと進んでいるらしかった。アズメラはその列のどこかにいた。霧がわずかな視界をのぞいてあとの世界をかき消したので、それがどのくらい長いのか、前や後ろの連中とはぐれていないのか、列を構成するだれにもわからなかった。
 この単調さからのがれるためなら、かれはなんでもする気になった。そうして、馬車に乗り合わせたいまいましい伝記作家と話をするうちに、この執念ぶかい男も万能ではないことに気がついた。黒いマントを羽ばたかせて、つねにギデオン家の人びとのまわりをうろつき、生き血をすするようになんでも書きとめるくせに、取りこぼした挿話はひとつやふたつではなかった。アズメラはまだ生々しい額の傷にふれると、伝記作家のためにというよりは、その無能さをあざけるために、無数の事実を語りはじめた。

叛徒たちのこと

 それは海岸ぞいの教会でおこった。

 「おしずかに。これより神の奇蹟のあきらかな証拠をお見せしよう」。聴衆にむかってそういい聞かせると、男は小ぼうずに一杯の煮たったコーヒーを用意させて、いっきに飲み干した。袖口から取り出したぼろで口をぬぐい、目を閉じて両手をささげると、かれの身体が地面から頭ひとつぶんほど浮きあがった。この方法は説得的だった。ほどなく男は100人ほどの狂信的な集団にかつぎ上げられて、教会を出発した。村々を遍歴し、河を渡り、野心をいだく若者はもちろん、ごろつきや乞食や猿を隊列に加えて、アクスムに到着するころには2000余名の大軍となっていた。かれらはキリスト教徒の叛徒とみなされた。

 男の奇蹟は信心ぶかい人びとを集めるのには適していたが、大所帯に十分な食糧を行き渡らせるたすけにはならなかった。叛徒たちの通った道ぞいの家々は激しい略奪を受け、口にすることのできる鳥やけものや草花は根絶やしになった。なべぶたと棒きれで拍をとって、めちゃくちゃな聖歌を口ずさみながら、昼も夜も行進はつづけられた。
 この大道芸人たちを追いはらうのに、ギデオン・ギデオンは傭兵を雇うはめになった。なんどかの衝突のあと、ついに男がシミエンの宮殿まで引きずられてくると、命ごいのかわりに例の偉大な空中浮遊を披露しようとして、頭をたたき割られた。

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小国にとっての叛徒は冒険者くらい致命的で心臓にわるい

ゴンダールのこと

 あらゆる種類の争いごとに乗り気でないブウォロ・ブウォロはついに免職され、あらたな宰相が任命された。
 この男はすぐに数人の学者をともない出発し、砂漠や悪疫や野盗の襲撃に足をとられながらも、なんとかゴンダールへと到着した。かれらはさっそく仕事にとりかかった。消えかかった碑文を書き写し、歴史書の記述をこま切りやみじん切りにし、いい伝えの断片をかき集め、それらを適切なやり方で配置し直した。その錬金術めいたわざの成果物は、ゴンダール地方を治めるものはギデオン家のほかにはありえないことを示していた。

 青い月ののぼる明るい夜、ギデオン・ギデオン率いる若い戦士の群れのかぎ爪にかかって、ゴンダールの軍はばらばらになった。

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公爵号を捏造してくる優秀な宰相

 ゴンダールの首長は敵の卑劣なやり方をうらんだが、それをあの激しい感情――怒りに練りあげるには、もう年を取りすぎていることに気がついた。老いは骨まで染みわたり、若いころ抜群の腕前をほこった鷹狩りに興じることもなくなった。やがて、かれが進んで外出するのは、娘たちに夕食を呼ばれるときだけになった。その日もかれは、極楽鳥の羽根でかざられたマントや、象牙の短刀といった気のきいた贈りものとともに、馬車へ乗りこんだ。

 林を駆けるあいだ、かれはさまざまな名前を思い浮かべては、伝統とか信仰といった観点から検討をくわえた。上の娘に、こんど生まれる子の名前をつけてほしいと頼まれているのだった。乗り心地のよいとはいえないかたい座席の上で、しかしかれはしあわせだった。ふと気がつくと、はやる気持ちがそう錯覚させているのか、馬がふだんより早駆けしているように感じられた。そんなに急ぐことはない。かれの声だけを後にして、馬車はぐんぐん速度をあげていった。おい。聞いているのか。不審に思って身をのりだすと、御者の日焼けした首すじに、月光を返してちらちら光る刃が刺さっているのがわかった。なんということだ!だれか!止めてくれ!もう遅かった。車輪が宙に浮いた瞬間、いっさいの重力は仕事を放棄したかと思われたが、すぐにふだんの何倍もの力で馬車を崖下へたたきつけた。

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ごめんなさい……

 こうしてゴンダールの所領はわいろ好きの息子へ継承され、ギデオン・ギデオンはすべての臣下の了承のもとに、相続法を変更した。

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分割相続から選挙制へ。当主が病気にかかって焦っていた

 いつしかアフリカのキリスト教徒のあいだで、ギデオン・ギデオンは"残酷王"とおそれられるようになった。
 首長たちはいつ襲ってくるともしれない脅威のために心臓の大部分をさく必要があったし、門衛たちは朝がくるたび国境の向こうを不安そうにみつめた。街の家々では、用心ぶかく錠をおろした部屋のなかで、説教がわりに母親が語ってくれる怪物じみたユダヤ人の話が、夜ふけになっても床に就こうとしない子どもたちを震えあがらせるのだった。

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納得

娘たちのこと

 ある日盛りの午後、シッセイが宮殿の中庭に目をやると、見知らぬふたりの美しい女が泥をかき回して遊んでいるのが目にはいった。そのまま通り過ぎようとして、みみずやさそりを掘り返しているその女たちが、トサゲとネガシだということに気がついた。「あらまあ」。かの女はいった。「いつのまにこんなに大きくなったんだろう」。
 じつは二人の娘は、シッセイにみとめられる数年前には、薔薇とはちみつの香りをただよわせた一人前の女になっていた。これにかの女が気がつかなかったのは、アクスムが解放されてすぐ、シミエンの女たちを雇って織物の交易をはじめたためだった。生来の才能も手伝って、そのころにはかなりの利益をあげるようになったが、同時におそるべき仕事量となって、かの女の目や耳をふさいでいたのだった。

 娘たちの成長を知って、シッセイに常人の20倍のすばやさがよみがえった。廷臣たちのなかでもとくに有能な男を見きわめ、人びとのあいだを矢のようにうごきまわって、すぐに段取りをつけると、娘たちと結婚させた。それから、ギデオン・ギデオンひとりでは持て余すようになった領地を、あらたな家族に分配させた。
 娘たちがシミエンを発つのを見送りながら、シッセイは、100年後にこの大地がギデオン家の血族であふれかえるのを、無邪気に想像してみるのだった。

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威信ダメージが地味に痛い

宗教戦争のこと

 そのころになると、北東アフリカは宗教戦争の渦にのみこまれた。ひとつの小競り合いがまたべつの小競り合いを呼びこみ、討つべき敵は無限に発見されつづけて、歯止めのきかない奔流となりつつあった。異教徒を殺せという共通の命令をのぞけば、なんのために、だれとだれが争っているのかを把握するのは困難をきわめた。キリスト教徒が500人のムスリムの首をはねたつぎの週、こんどは1000人のキリスト教徒の頭蓋骨がこなごなに砕かれた。流された血はすみやかに大地に染み込み、つぎの世代の憎悪の芽を育てた。

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787年の情勢
赤矢印が攻撃を、青線が防御側の同盟を表しています

 しかし、これらの戦いのすべてから、シミエンは切り離されていた。交易路に多少の不便がもたらされたが、いまや北には海路が開かれていたし、先の戦争の傷あとは領内の商人にいくらかのチャンスをあたえさえした。こうした真空状態のなかで、アクスムやゴンダールの領民にもすこしずつユダヤ教徒が増えていった。宗教戦争はキリスト教徒とイスラム教徒の双方を疲弊させ、絶望させ、またじっさい喉ぶえに短剣を突きつけたり、祖先から伝わる家屋を灰にしたので、戦火を逃れシミエン領でユダヤ教徒となるものもあらわれた。

 祈りが盗みにとって代わられ、家畜の肉より人の肉のほうがたやすく手に入るようになったころだった。ギデオン・ギデオンはかねてよりの大事業にとりかかった。それは4回の侵略と1回の防衛戦をひき起こし、かれはそのすべてに勝った。すでに身体は梅毒に苦しめられていたが――病気でぐずぐずになった肌は、衰えることのない軍事上の大胆さにくわえて、臆病なほど念入りな準備の重要性をおしえたのだった。そのあたらしい教訓のおかげで、天上のなにものにもさいころを振らせる隙をあたえなかった。

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このころになると同宗教同士で強固な婚姻同盟が結ばれたため、聖戦CBでなくとも全面戦争に

 最後のアビシニア軍と激突したときも、おそらくギデオン・ギデオンは、干し肉のような腕をした、ちっぽけな子どもだったころの自分を忘れなかったにちがいない。明朝には姿を消し、二度と戻ってこない父が夕食の席でみせた、ふだんとすこしも変わらない表情を忘れなかったにちがいない。一方的なたたかいで勝利があきらかになったあとも、逃げおくれた兵士や、重い一撃にたおれていまや虫の息となった戦士の、最後のひとりまでとどめを刺してまわった。稜線からやみ夜がせまってきても、野営地にもどらず、ただぼんやりと、戦場で幽霊たちが行きかうのをながめた。やがて朝露がおりて、血と脂にまみれたかれのつるぎを洗った。

 こうして、数十年前の軽率な攻撃の代償をはらったアビシニア王国は地上から抹殺され、ソロモンの末裔を自負する人びとは持たざるものになった。

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ソロモン朝最後の王

 大移動がはじまった。騾馬と荷車の長い列が、何時間もかけてアクスムへと出発した。古い廷臣たちのなかには、フィニアスのときと、ギデオン・ギデオンのときと、今回をあわせて、この山道を通るのは三度目だというものもいた。そのかれらでさえ、こんどの長大な列には度肝を抜かれた。やがて、つめたい霧がたちこめ、行列の頭からしっぽまでをすっぽり飲み込んだ。そのせいで、かれらは何日ものあいだ時間の感覚をうしなったようになって、ついに過去と未来を混同する重症者があらわれたころ、ようやくアクスムへと到着した。
 その日のうちに遷都の宣言がなされた。翌日には、旧アビシニア王国領を治めるあらたな王が、ギデオン・ギデオンであることが告げられた。

 そして、ギリシアから流れてきたユダヤ教徒が持ちこんだ、端から塵になっていくような羊皮紙の束をしらべさせ、アラブ人のことばであるアビシニアを廃して、この地方にふさわしい名前ーーエチオピアを名のった。

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こんな顔でしたか

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その名前は500年はやいとかいわない
宗教戦争の結果、シェワ地方の首長がベルベラを攻略して、"アフリカの角"からムスリムは消えた

世界情勢

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807年の世界情勢
すでにアッバース朝が分裂→再統合のサイクルを経ているせいでカリフの請求権がすごいことになっています
アフリカもウマイヤ朝を押し込んでいて憂鬱
つづく

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Last-modified: 2014-12-15 (月) 02:51:59 (1312d)