AAR/超アルメニア

一代皇帝Ioannes III Angelos A.D.1225

皇帝Ioannesが帝都コンスタンティノープルに入城してまずしたこと。
それは捕らえられた先帝Alexiosの処遇であった。

124587341.v1330862272.png どうしようかなぁ。ふーむ

124587624.v1330862341.png ここはなるべく寛大に… 他の臣下の目もありますしね

124587341.v1330862272.png よし、首チョンパは止めにして、チ○コチョンパで赦してやろう。断種刑!

124587624.v1330862341.png なんでそうなるのよぉ!?

 

駄目だコイツ、はやく何とかしないと…

この時Ioannesが行った断種刑は最悪な決断だったと言わざるを得ない。
まず第一にAlexiosは子無し未婚で、弟が二人いた。帝位に対するStrong Claim持ちの。
Alexiosは帝位の喪失により相続法が分割相続になっているので、
やるならすっぱり首チョンパの方が適切であっただろう。
領地が分割されて残された二人で争い合ったかもしれない。
反乱を起こされるとしても二人が協力するはずがない。

第二に断種刑の実施によりIoannesは冷酷のtraitを得てしまった。
冷酷は臣下のOpinion -10と厳しいペナルティが付く。
東ローマ帝国人には断種刑、摘眼刑などのオプションが追加されるが、
政敵は死なないし、皆から嫌われるだけの罠選択肢である。

124587341.v1330862272.png 皆、両性論に転向したし、これで帝国も安泰だよね

それでもIoannesの玉座は揺るがなかった。
これはひとえにRitaの慎重な計算の賜物であった。
Ritaは反乱前にCharisianon公領3プロビをI薬oannesに直轄地として与えていた。
これにより主君、臣下の微妙な戦力バランスが維持され、
暴発、内乱という最悪のシナリオは回避されていたのだ。

124587624.v1330862341.png 直轄地を失ってこっちはパワーダウンよ。これじゃ対外遠征できないわ

 

124587341.v1330862272.png 平和は退屈だ。この有り余ったパワーをどこに向けるべきか

124587384.v1330862281.png 東ですね。アイユーブ朝はエルサレム王国の切り崩しや、アラビアへの進出、
      Massufid朝アフリカの遠征に付き合ったりしています。

124587341.v1330862272.png よし、これを機にルームセルジュークを滅ぼすとしようか

124587624.v1330862341.png まって、私はまだ停戦期間中…

124587431.v1330862291.png よし、出陣だ!

124587624.v1330862341.png げぇっ!

 

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2プロビのGolden Horde

1229年の世界。モンゴルが来ている。後から来たGolden HordeはIlkhanteに草刈場を奪われて押され気味。
ルームセルジュークは1234年に滅びた。

124587624.v1330862341.png Ilkhanteの拡張スピードが怖い。でもペルシア取ったところで息切れして、そこにきっとジハードが来るはず

124587624.v1330862341.png 予言じゃないけどGolden HordeはIlkhanteに滅ぼされるんじゃないかって気がするわ
      今もIlkhanteに背後から襲われて、自分がポップした中央アジアから追い出されたみたいよ

124587341.v1330862272.png さて東の国境がスッキリしたことだし、次は西かな

124587624.v1330862341.png えっ西?

124587341.v1330862272.png ブルガリアに宣戦布告!

 

ブルガリアッ! 防御してくれている! A.D.1235

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ブルガリアに宣戦布告した
戦場で叩きのめされた
隙を見た臣下が反乱を起こした
見かねた妻が助けに来てくれた
帝国万歳、反逆者に死を!

124587624.v1330862341.png ブルガリア軍はいいから、とにかく反乱軍を集中攻撃して
      どうせ、第三者のわたしらが戦闘にかかわっても戦勝点に影響ないから

帝都近郊のカリオポリスでアドリアノプル女公の反乱軍とアルメニア女王の勝手連が衝突する。
するとその北のトラケを攻略していたブルガリア軍が南下してきて…?

124587308.v1330862262.png 滅茶苦茶にされました、さらに追撃を受けています!

124587624.v1330862341.png 軍を一度解散。本土キリキアで再編成!

124587308.v1330862262.png 駄目です。どうも反乱軍はブルガリアと通じているようで、協調行動を取っています

124587624.v1330862341.png べ、別に、第三者のわたしらが戦闘に負けても戦勝点に影響ないから(白目
      あんた達、アルメニアの未来の為に死んできなさい!

124587341.v1330862272.png お取り込み中のところ、悪いんだけど、ちょっといいかな?

124587624.v1330862341.png ああ、あんた? これどうすんの?

124587341.v1330862272.png うーん、君のお陰で敵は目減りしたけど、こっちも全軍殲滅されていてねぇ
      傭兵を雇おうかと思うんだけど…

124587624.v1330862341.png ふーん、お金が無いんだ。私は使う暇が無いわ。あんたの事が心配で夜も眠れないわよ

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124587624.v1330862341.png 分かったからこれをもって行きなさい。そのかわり分かっているわね?
      アルメニアはアルメニア人の手に! ルームから奪った土地は

124587341.v1330862272.png う、うん分かったよ。後ね、もう一つプレゼントがあるんだ

124587624.v1330862341.png え、なあに?

124587624.v1330862341.png 124587341.v1330862272.png ギシギシアンアン

紐皇帝と女王、なぜかライバル同士でOpinion -100、40歳にして燃え上がる恋。
そして嫡男Vartanが生まれた。

124587624.v1330862341.png もう訳が分からないわ

 

1237年、反乱が終結しアドリアノプル女公と彼女が担ぎ上げた
前皇帝にしてニカイア公Alexiosの弟が収監される。

124587341.v1330862272.png ようし、今度は摘眼刑!

124587624.v1330862341.png なんでそうなるのよぉ!?

翌1238年ニカイア公Alexiosが反乱。
鎮圧されAlexiosは摘眼刑に処された。

また同年エルサレムに対する第六次十字軍が始まる。
この時アイユーブ軍本隊はアラゴン遠征に従事しており、
がら空きの聖地は為すすべなく蹂躙された。

124587624.v1330862341.png 十字軍の動きが早い! 兵力がうちとは段違い。チャンスだけどつけ込む暇が無いわ
      こっちが和平交渉できるようになるまでに十字軍が終わりそう

124587624.v1330862341.png でも、恐らくは…

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124587478_org.v1330893914.png 奪還したばかりでRecently Conqueredの補正で徴兵数が0じゃ無ければ… ビクンビクン

 

1239年、十字軍終結、エルサレム王国の領土が回復された。
すると十字軍主力の帰国を見合わせたかのようにアイユーブ朝配下の太守たちが動き出した。

124587624.v1330862341.png 「十字軍は行って奪ってくるまでじゃなくて、奪った後の防衛戦も含まれる」
      名言よね、これは

その後、約10年間は比較的平和な時代だった。
皇帝Ioannesは反乱の首魁たるニカイア公Alexiosの勢力にメスをいれ取り潰しを行った。
ニカイア公はLaskaris家の傍流の手に渡り、
同時に彼が持っていた帝都のお膝元トラキア公の称号はIoannesが獲得した。
対外的にはトレビゾンドやセルビアなどの小国相手に小規模な勝利を挙げた。

東ローマ包囲網を引いていたブルガリアでは王の代が変わると同盟関係が変化した。
王位を継いだ長女はテッサロニカ公である夫、息子に先立たれてテッサロニカとの同盟関係が一時的に消失した。
将来的にはギリシア人のブルガリア王が誕生することになり、同国の混乱が予想される。

エーゲ公に嫁いだその妹は、自身の死と共にその相続した土地を外国に流出させてしまうこととなった。
かつての同盟国同士が合い争うという、婚姻同盟の負の側面を見せた。
こうなるとかつて一敗地見えた東ローマも、難なく復讐戦を果たす事ができた。

 

Jihad for Persia A.D.1249-58

Ilkhanteがペルシアを占領してから約20年、カリフはようやく重い腰を上げた。
アイユーブ朝も当然参加。マップ上の各地で上がる煙と投石器、
それが突如に消え、戦勝点がIlkhante側に傾く。恐らくモンゴル側に括弧撃破されているのだろう。
その様子をRitaは注視していた。1251年、アルメニア出兵。聖地アンティオキアとその司教座を回復する。

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vsモンゴル
vsアルメニア
vs異端反乱
vsエルサレム
vs王位を求めて攻め込んできた身内の跳ね返り者

同時に五勢力と戦争中のアイユーブ朝。
この内、エルサレム王国と身内の跳ね返り者の攻撃は撃退に成功する。

 

戦争終結の直後、アイユーブ朝スルタンAs-Salih Ismailが71歳で老衰死。
1256年に再度出兵し、エデッサを回復する。
1258年にジハードは断念され、テングリは宗教改革に成功する。

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タマ無しLaskaris家と行くエジプトツアー

124587384.v1330862281.png 全軍の1.5倍の敵軍が迫っていますよ。危ない所でした
      ジハードは失敗に終わり兵力に余剰が出来たのか、交渉でも今回はかなり強気で戦勝点100%まで折れませんでした
      前回は73%で降伏でした

124587624.v1330862341.png このままじゃヤバイってのはわかってるわ
      特にイスラム教徒は信仰心1000以上でInvasion CBが使えるようになるから、
      ジハードで溜まった信仰心を使われると一気に滅ぼされるリスクがあるってことをね

124587624.v1330862341.png ならどうするのか? こうするのよ!

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124587258.v1330872137.png 1265年、暗殺完了! 陰謀が途中で露見しましたが押し切りました

124587624.v1330862341.png それまで続いていた内乱が終わった直後になんと間の良い、いや悪い
      宮廷にキリスト教徒の女なんか置いているからそうなるのよ。ちゃんと改宗させないとね

 

晩年 A.D.1258

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少々時を遡って1258年、皇帝Ioannesが亡くなり息子Vartanが皇帝に即位する。
妻は外交能力重視の男爵令嬢である。

124587624.v1330862341.png 帝国内の反皇帝派閥は無し。素晴らしいわ…

Vartanは母Rita同様管理能力に優れていた。
有り余る金で彼がやった事は公爵位称号の乱発とそれを臣下に無分別に授与することであった。
直属の、ではなくてRitaの臣下に、である。

124587384.v1330862281.png 領内の伯爵二名がそれぞれアナトリア公、アンティオキア公となり臣下でなくなりました
      二人はお互い夫婦で、領地はアルメニアの山中で隣通しています

124587624.v1330862341.png この無分別さ、いかれているの?

124587384.v1330862281.png いかれていません。臣下同士の不和を招き、弱体化させる常套手段です

124587624.v1330862341.png 息子よ、私はあなたの味方ですよ

124587384.v1330862281.png ですが孫の教育係を申し出たところ、人質になるから、という理由で断られました

124587624.v1330862341.png どういうこと…こんなんじゃ生きていてもしょうがないわ。早く死にたい…

Ritaはその十年後の1268年に亡くなった。

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アルメニア人増殖中

紳士帝Varten(1258-1306)?


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Last-modified: 2014-07-07 (月) 19:51:08 (1565d)