AAR/JOHN ~KING OF ENGLAND~

1453年1月。コンウォールにて。

ジョンの死から226年が過ぎた西暦1453年の初めのこと。コンウォールの地を1人の男が訪れました。
もっとも、「男」という人間の分類で呼んで良い存在かはわかりませんが。なぜなら彼はこの世の人間ではなかったからです。
男の名はジョン。
226年ぶりに自らの子孫の様子を見に来た、かつて敬虔公と称された霊の姿がそこにはありました。

ジョンア.jpg 久しぶりに下界に旅行に来たぞ~

イングランド共和国

リチャード王の死をもって始まったイングランドの大乱の勝者はSt Peter Port家という商人の家でした。

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簒奪者イングランド共和国統領アダム2世。

貴族たちによる終わりなき内乱による疲弊。そこにつけこんだ彼らは豊富な資金力を生かして戦費に苦しむ貴族たちに金を貸します。
いつしか貴族たちは彼らに頭が上がらなくなっていました。そして、その最もたるのがイングランド王アダムでした。
彼らはとうとう自らの野望を露わにします。それが「イングランド取り立て」でした。
期日になっても借金を返済できないアダム王に対し、彼らはイングランドの差し押さえを宣言します。
これに多くのイングランド貴族が賛同しました。貴族たちは味方すれば借金を帳消しするという彼らの甘言につられたのです。

商人とイングランド貴族の大軍勢にアダム王は決して屈せず頑強に抵抗しますが叶わず敗北、かくしてプランタジネット家の王は追放され、どこの馬の骨とも知れぬ商人風情がイングランドの頂点に立ったのです。

さて、借金が帳消しになったことにより貴族たちには商人に忠誠を誓う道理などありません。
勢いのままにイングランドを簒奪したものの、統領の地位は極めて脆弱なものでした。
そして、欲望の権化ともいえる貴族たちにとってそれは理想的な状態でした。
かくしてイングランド共和国統領は早々に実権のない傀儡と化し、大貴族たちによる合議によって国の物事が決められるようになっていったのでした。

このようなイングランドの情勢の推移の中でジョンの子孫であるコンウォール大公家はひたすら沈黙を保ちました。
共和国を牛耳る貴族たちからも距離を置きました。他の貴族たちは合議にも積極的に参加せず、物言わないイングランド最大勢力の姿を気味悪がったといいます。

ウェールズの独立

ジョンの子孫たちはその間にもウェールズ遠征を頻繁に行い、ついにウェールズ全土を自領にすることに成功しました。

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ウェールズ平定(ほぼ)

時は満ちました・・。
ジョンの死から50年あまりが過ぎた1278年、コンウォール大公家はイングランド共和国からの独立を宣言、「ウェールズ独立戦争」が始まります。

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これに対するイングランド共和国の動きは鈍いものでした。
共和国統領は反乱は徹底的に鎮圧すべきだと息巻いたものの、実権を握る貴族たちが消極的だったのです。
貴族たちの心の内には、不気味な存在であるコンウォール大公を事実上イングランドより追い出すことができるという思惑と、プランタジネット家をかつて裏切ったことに対する負い目の2つが存在していました。
かくして、戦争開始から1年後の1279年、コンウォール大公はイングランド共和国からの独立に成功するのです。

独立と同時に、コンウォール大公ウイリアムはウェールズ王への即位を宣言します。
ここに、プランタジネット朝ウェールズ王国が産声を上げたのです。

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ウェールズ独立
 
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初代ウェールズ王ウイリアム淫蕩王。ジョンの曾孫である。

エドワード狩猟王

さて、ウェールズ王に即位してからわずか数か月にてウイリアム王は世を去ります。
後は長男のエドワードが継ぎましたが、このときまだ2歳。建国間もないウェールズに最初の苦難が立ちはだかります。
イングランドを牛耳る貴族たちはこの好機を見逃しません。
かくして、エドワード王の生涯の大半を占めることとなるイングランド共和国との戦争が幕を開けるのです。

 
 

1337年。エドワード王は60歳にてこの世を去ります。

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在位58年。幾度にもわたるイングランド共和国の侵攻軍を討ち破った名君は後世に狩猟王として知られています。
余談ですが、エドワード王は別に狩りが好きだったというわけではありません。常にイングランド共和国と緊張状態にあるウェールズにとって将兵の質の向上は死活問題です。
エドワード王が狩猟を奨励した背景には、貴族と兵の教練のためという思惑があったのです。

そのエドワード王ですが、外交で大きな成果をおさめています。
彼は、イングランド共和国に対抗するためにアルバ(スコットランド)王の長女を娶り、同盟を構築しました。
ところが、アルバ王には男子がとうとう生まれることなく、世を去ります。
後のアルバ王にはエドワードとアルバ王の長女の子であるガイが即位することとなったのです。
エドワード王は息子の晴れ姿を見て思い残すことは無い、というような満足げな表情で世を去ったといわれています。

ウェールズとスコットランドの合同

エドワード王の死をもってアルバ王ガイがウェールズを継承しました。
ここに、ウェールズ=スコットランド連合王国が誕生したのです。

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ジョンア.jpg 子孫が頑張っているようで何よりだ!

リチャードアイコン.jpg 久しぶりだな

ジョンア.jpg 兄貴!

リチャードアイコン.jpg 私の直系の子孫はイングランド王位を追われた後もアキテーヌ王として立派に頑張っているぞ

ジョンア.jpg プランタジネット系の王国は僕ジョン直系のウェールズと兄リチャード直系のアキテーヌが存在するわけですな

リチャードアイコン.jpg そういうことだ。私の子孫の今後の活躍にも期待したい。

ジョンア.jpg というわけで、次回後編!本当の最終回!!


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Last-modified: 2016-02-11 (木) 10:12:06 (888d)