AAR/ラテン帝国を取り戻せ!

アンコーナ公ボニファーチョ1世の治世

1239年 公位継承

アンコーナ公2代目、ボニファーチョは名君である。
即位した時点で36歳と油が乗った歳であり、公国宰相として既に経験も充分であった。

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上記は即位後、エルサレム巡礼を終えたのちのステータス。
嫁には「天才」「強健」持ちのいずれかを探したのだが、適当な年齢かつ管理が高い女性が見つからず、やむなく管理15を買ってこの娘にした。

元々持っていた「勤勉」かつ「野心家」に加え、エルサレム巡礼の際に「社交的」「慈善」「親切」をゲットというミラクルを引き当てた。
外交値26とは生きながらにして既に聖人の風格すら見える。彼の神殿を建てよう。
――もっともこの半年後、ランダムイベントで「勤勉」が消失してしまった。まあ、早々良いことばかりは続かないということだろう。

彼が一族の長として、ひとつだけある欠点は、彼の子供たちが揃って女の子だということだ。

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グリエルモの娘のうち、長・次・三女は嫁に行った。四・五・六女は女系結婚で婿を取った。六女が前回騒動があったアルボレア伯の嫁。
四女が生んだのが「天才」持ち。五女も一男を設けているのに注目。

36歳にして3人の子宝には恵まれたものの、全員女子である。なお次女はHRE次期皇帝*1との婚約を済ませている。
幸い、妹の息子=甥が「天才」持ちで順調に育っており、フランス王女との婚約も済ませている。
よほどの事がなければ次の当主はこの天才サヴェリオになる。そのつもりで準備もしていこう。

1242年 アフリカへ

さて、彼が即位したちょうどそのころ、西方イスラム世界では大異変が起こっていた。

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ムワッヒド朝の当代スルタン、若干20歳にして「無能力者」化。*2
それに伴い臣下が反乱、ムワッヒドからUTMANIDが独立を果たしたのである。*3
更にアルジェリアでは別件で反乱が起きており、当主の能力がヘッポコなこともあって動員可能な兵力は6000少々にまで減じている。

やれる。

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というわけで1242年4月、聖戦、チュニジアを発令。
アンコーナ公の呼びかけに応じ、血縁同盟を結んでいる

・教皇領のオルヴィエート伯マテオ
・ハンガリー王国のクロアチア公ブランコ2世
・神聖ローマ帝国のケルンテン女公アグネス
・フランス王ルイ8世

が参戦を表明した。ヘタな十字軍より十字軍してる陣容だ。その総数は25000を超える。何6割がフランス軍? 気にすんな。
なお、呼びかければバイエルン公と上ロレーヌ公とも、先代同様に同盟を結べるが、海に面してないので今回は見送っている。

そして、このイスラムへの聖戦を指揮したこともあってか、アンコーナ公ボニファーチョはある異名で呼ばれるようになった。すなわち、

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あの公爵ってぶっちゃけデブだよね!

とこうである。
チュニス上陸直後にこれは参った。確かに「暴食」持ちとはいえ、これはさすがに爆笑したわ。

1244年 皇帝自重しろ

さて、ムワッヒド軍6000に対し、チュニジア攻略十字軍(仮)は総数25000。これは楽な戦だろう・・・
と思っていたのが、そうは問屋が卸さないのがCK2の世界である。
まず困惑したのがフランス軍他同盟軍の奇怪な挙動だ。

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素直に、海路チュニジアに乗り込んでくれたのは、オルヴィエート伯家の1500*4だけであり、
残る3家は、フランス軍と陸路で合流、そのまま陸路でアフリカへ向かったのだ。
2万以上の軍勢がピレネーを超えてイベリアを縦断していけば、当然その過程でジワジワ消耗もするし、とんでもなく時間もかかる。
クロアチア公・ケルンテン公を誘ったのはアドリア海から海に出れば近いだろ、ということだったのに、どういうことだこれはと言いたい。

で、1244年、開戦1年以上かけて、のったりのったりとアフリカに入り、やっと合流できるかと思ったところで、

神聖ローマ帝国皇帝、フランスにどこぞのde jureで宣戦布告。

フランス軍は、ケルンテン・クロアチア両軍も引き連れて陸路で本国に取って返していった。
だが無論、アフリカから陸路で帰るとなればその旅程は往路同様1年以上。
HRE軍は、フランス軍がピレネーを越えたあたりで、北フランスの城塞を占領して回って戦勝点100%を稼いでおり、勝利と相成った。

皇帝マジふざけんな。これじゃまるで我が家が、フランス軍を本国から遠ざける陰謀の片棒を担いだみたいじゃないか。

この間我が軍はというと、迎撃に出てきたムワッヒド軍と一戦交え、ほぼ痛み分けの形勢で一度チュニジアから引き揚げている。
そして、再びフランス軍がゆーっくりとアフリカに入って来るのを見て、良し今度こそ合流するぞ・・・と再出撃したところ、
ちょうどその頃北アフリカ一帯で肺炎が流行しており、そこを通過していったフランス軍はたちまちその数を減らしていき・・・

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1247年1月、開戦から5年近く経過してついにチュニジアにたどり着いたフランス兵、その数は5000を切っていた。
ずっと同行していたケルンテン軍なぞわずか100名余りと、もはや涙しか出ない。なおクロアチア公は戦役の途中で代替わりがあり同盟が切れた。

余りにもあんまりな展開であるが、それでもどうにかチュニジアの制圧を開始。
迎撃に出てきたムワッヒド軍7000余りも綺麗に撃退、戦勝点を稼いでいき・・・

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開戦から7年後の1249年、土壇場でどこぞの反乱軍に制圧されてしまったガベスの州都を除く、チュニジア全域を手中に収めることができた。

まさか7年もかかるとは思わなかった。無能力者のスルタンとっくに死んどるし。

この間、余りにも時間がかかり過ぎたため、地道にモンフェラートやジェノバの空きスロットに都市の建設も行っている。
むしろこの業績がボニファーチョ1世の大きな事績と言われるのかもしれない。

1248年 予想外の死

さてこの無駄に長く続いたチュニジア戦役の間、あの「天才」サヴェリオが無事成人の日を迎えていた。

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1248年5月14日撮影。全ステ10以上、「勤勉」「慈善」「社交的」「陰の実力者」と素晴らしい。
「残虐」が付いてしまっているのだけが欠点だが、まあほぼ文句なしと言える。
婚約者もフランス王ルイ8世の次女。二人の子は「天才」「強健」の両方の遺伝子を持って産まれてくる。完璧だ。
サヴェリオ1世は名君になる未来が見えていると言って良い。後継者は安泰だ・・・

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( ゚Д゚)

5月31日、急に体調を崩し死去。享年16歳。

ちょっとほんと言葉が出なかったんですがこれは。

同じく男子を産んでいる先代グリエルモの五女、あるいは後継選挙の対抗馬の誰かあたりによる暗殺の可能性は大きいが、証拠は上がらなかったようだ。
いやちょっとこれマジで勘弁してください。後継者どないするねん。アイルランド王国が頑張ってるのが吹っ飛ぶレベルの驚愕ですわ。
これだからCKは・・・・!!!!

1249年 後継者問題

さて困った。マジで困った。
セヴェリオに相前後して成人したボニファーチョ1世の長女、ルチアはしっかりと育ってくれてはいる。能力的には充分女公は務まるだろう。

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管理20で「公正」かつ「勤勉」と、女性であることを除けば公爵として申し分ないレベルに育った。
旦那には、幼少時に親ごと拉致していた天才持ちを女系結婚で付けてあり、子供にも期待できる。
もっとも、旦那自身は見事に「天才」持ちとは思えない低いレベルのステータスに纏まっているが・・・

だが、やはり女性かつ若年であるということが祟っているのか、選挙で全く票が入っていない。

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推しているのは自分だけ。

3票入っているのは、一族ではないアルボレア伯ジョバンニ・オルシーニ。もっともこれは、他に伯級の封臣がいない、というのが理由だ。
とりあえず、奪い取ったチュニジアのうち、5スロット全部埋まっているチュニスを除く4プロビに、それぞれ一族の男性を封じていく。

我がアレラミチ家は、やたらと女子の比率が高く、成人している一門の男子の数は当主を入れてわずか7名。女子は倍以上いるのに。
で、その数少ない男子のうち、
・すでに子供がいる
・まだ20代以下
のいずれかの条件を満たした4名を、チュニジア各地の伯としていく。
どいつもこいつも凡庸なステータスだなァ・・・どうしてくれようか・・・
長女ルチアがとっとと「天才」持ちの男子を産んでくれれば、伯領与えて後継者宣言できるんだが・・・と思っていたら。

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なんか1人すげえのがいた。

「勤勉」「勇敢」「公正」「親切」を兼ね備えた21歳の若きグリエルモ。
ステータス自体は、「牛」によるマイナス補正もあっていささか凡庸だが、それを補って余りある特性が揃っている。
当然、伯の座に付けた途端、後継者投票でアルボレア伯以外全員の票を集めてしまった。凄い。

ちなみに五女の息子、現当主もう一人の甥は、一番上のグリエルモ(18歳)。さすがにこのステータスで当主の座は渡せん。

ただ問題なのは、彼が直系の一門ではない・・・どころか無茶苦茶離れた遠縁の一門だということだ。
どのくらい離れてるかといえば、家系図を開くと、ボニファーチョ1世と若きグリエルモを同時に表示できない、ってくらい遠い。
というのも、若きグリエルモはモンフェラート系ですらなく、300年前に別れたサルッツォ系の出身で、
しかも現スーザ公・サルッツォ伯のアレラミチ当主とは4代前に分かれている・・・という、物凄い遠縁なのだ。

この若きグリエルモを当主にした場合、先代から作ってきた血縁同盟が全部無効化されてしまう。
ひとまず暫定的に彼を当主に推しといて、直系で優れた男子が産まれたらそちらに後継を譲らせるか・・・と考えをまとめたところ、

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ボニファーチョ1世、46歳にしてinfirmる。

あ、これは代替わり待ったなしですわ・・・チュニジア戦終結直後にこれとか、疲れ溜まってたのかねぇ・・・

1252年 ハンガリー消滅

この頃、東欧に見慣れない名前の国が出現した。

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ハンガリー消滅。代わってドニエプル・クリミアまで続くカルパチア王国が誕生した。
ビザンツはイタリア人皇帝が引きずりおろされ、再びラスカリス朝に。しかしルームセルジュークに領土を削られている。
シチリアではホーエンシュタウフェン家が王位をガッチリキープ、1万前後の動員力で安定している。

ちょっと何がどうしてこうなったのか理解できていないが、かなりの大国になったということだけは分かった。
CK2情勢は奇奇怪怪。

1253年 再婚

さて、ボニファーチョ1世がinfirmになってから約5年。嫁の方が44歳で先に逝った。
先代に引き続きまたそんな展開かよ、と、何を置いても管理が高い嫁を新たに貰ってくることにする。
なにも考えず管理順にソートしたら、管理20だけど他が5以下、という極端なのがいたのをスルーして、
管理17・30歳の嫁を後妻にいただく。と。

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エルサレム王位への強い請求権を持っていた。

あれ・・・よく見たらアレラミチ家のエルサレム女王マリアの娘だった・・・ということは割と近親婚・・・
まあいいか。細かいこと気にしてると時間が何ぼあっても足りん。

1253年 第2次アフリカ遠征

さてこの頃、UTMANIDで内乱が勃発、てんやわんやになってるのを確認したので、
ならば横合いからブン殴ってやると、Holy War アルジェを布告している。

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聖戦なら当主が途中で死んでもそのまま続けられるしね。
できればボニファーチョ1世が死ぬ前に終わらせて、代替わりで停戦消滅→連続攻撃と行きた・・・

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あこれは死ぬわ。

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その4日後妊娠発覚。

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53歳にして長男誕生、しかも女子との双子ときた。

何だこの家系・・・老いてますます盛んとかいう隠し特性でも持ってんのか・・・?
なお誕生日は1256年4月1日であった。エイプリルフールに生誕とか出来すぎだと思った。

1256年 お疲れ様でした

さて、この土壇場での直系男子の誕生であるが、さすがにゼロ歳児に票が集まるほど、選挙制は甘くない。

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試しに長男に票を入れてみたが、先の若きグリエルモが他の票をガッチリ確保している。

まあゼロ歳の幼君を頂くのも怖いし、素直にグリエルモ2世への継承でも悪くないね。

そして5月1日、産後の肥立ちが悪かったらしく、後妻はあっけなく死去。
それにショックを受けたのか5月3日、ボニファーチョ1世のinfirmはincapableへと悪化。

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1253年6月4日、ボニファーチョ1世は永眠した。享年53歳。
長男の顔を見ることはできたが、アルジェへの聖戦の決着は付けることができず、次代に持ち越しとなった。*5

ボニファーチョ1世の治世は15年弱。チュニジアに確固とした足がかりを築くと共に、
ジェノバ・モンフェラートへの都市・新施設建設にも力を注いだ。
彼の代に公家の収入は大きく改善され、次代以降の財政基盤を整えた名君であったといえよう。




NEXT アンコーナ公グリエルモ2世(1256~)


*1 選挙制だから変わる可能性はあるが暫定的に
*2 もしかしたらサルデーニャ島攻防戦の時に一撃加えていたのかも? 分からんけど
*3 日本語でなんて書けば良いのか分からないのでそのままアルファベットで。
*4 代替わりの後、ローマに持っていた男爵領を教皇に剥奪されていた。なんでや。
*5 戦勝点は69%。敵野戦軍が出てこず、伸びなかった。

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Last-modified: 2016-07-07 (木) 11:12:44