[[AAR/フレイヤの末裔/アンラウフ王(後編)]]

''苛酷なるかな我が宿命''
''ヘリアン((オーディンの別名))の敵 苛烈なる姉妹が''
''岬の上でその時を待ち受ける''
''さりとて我が意気は高し''
''躊躇なく 旺然として''
''ヘルの御許に赴こうぞ''

''――スカルド詩『償えぬ息子達の死(ソナトレック)』''

 &ruby(スレール){奴隷};達が椅子と葡萄酒を持って来たのを見て、アンラウフは椅子だけを取り、腰掛けた。
 クラスに何かを訊ねたかった、その為に彼のロングハウスを訪れていた。しかし、何を訊ねれば良いのかが分からず、クラスの様子を眺めていた。
 全身に包帯が巻かれ、その中に幾つもの継ぎ木が差されている。クラス程の戦士も寄る年波には勝てなかったのか、ラップ人との戦いで落馬し、重態の様相だったのだ。
 部下に運ばれて帰ったクラスは「あの駄馬め、このクラスより遅う御座いましてな」と冗談を言ってみせたが、最早二度と戦場に出られる身体でないのは明らかだった。
 いや、クラスからは&ruby(・・){ツキ};が落ちたのだろう。恐らく、彼に残されている時間そのものが僅かだ。

 だから、アンラウフがやっと選んだ質問は、この様なものになった。

&ref(Anlaufr2アイコン.png);「なあクラスよ……戦って、戦って、戦い尽くして……。それがお前の人生だった様に思うが、お前は、それで何を得られた……?」

&ref(Klasアイコン.png);「妙な質問をされるものです。陛下は問いの中に既に答えを含められている」

 クラスが片頬を上げて笑うと、顔の包帯に血が滲んだ。
 アンラウフにはやはり理解できなかった。その姿は痛々しいばかりで、自分がそうなる事を考えれば恐怖以外の感情など湧いて来よう筈がなかった。

&ref(Anlaufr2アイコン.png);「…………なぜだ。こんな事の何が楽しいのだ」

&ref(Klasアイコン.png);「愚問ですな。ノルドにとっては戦いこそが悦びです。新たな戦地を踏む毎にこのクラスの胸は高鳴り」

&ref(Klasアイコン.png);「勝利を重ねる毎に喜びに打ち震え、敗北する毎に信仰は高ぶって、このクラスの生をより熱きものとしました」

&ref(Klasアイコン.png);「戦いの中に、クラスの得るべきもの全てがありましたぞ」

 クラスは満足そうに、しかし少しだけ残念そうに語る。多くの戦いで余りにも傷めつけられたその身体に、最早自ら剣を取る力は残されていなかった。
 彼がどんなデーン人よりも戦場で斃れる事を願っていたであろう事を、アンラウフは知っていた。

&ref(Anlaufr2アイコン.png);「……ノルドの王はお前の様な蛮人であるべきだったのだろうな」

 軽蔑とも羨望とも取れるこの言葉が、アンラウフの本音だった。
 強く、野蛮なノルド人。生死も勝敗も問わず、闘争と略奪を愉しむ誇り高き戦士。
 自分もその様に在れたなら、どれ程――

&ref(Klasアイコン.png);「蛮人とはお言葉ですな。このクラス、闘争の喜びを王と分かち合えなかった事ばかりが心残りで御座います」

&ref(Anlaufr2アイコン.png);「何の喜びがあるものか……結局、ノルドをキリスト教徒に打ち勝たせる事さえ余は果たせず、またもノルウェーに反旗を許した」

&ref(Anlaufr2アイコン.png);「イヴァルの子らの改宗を止める事さえ適わず、さりとて&ruby(余){フレイヤの末裔};が改宗を選ぶ訳にもいかない」

&ref(Anlaufr2アイコン.png);「『&ruby(フィンブルヴェト){大いなる冬};』とはこの事ではないのか? こうしてノルドは力を失い続け、きっと余は古き神々と共に滅ぶのだ」

 吐き捨てる様なアンラウフの失意に、クラスの眼が細められる。
 誰を娶る事もせず、子も為さず、只管フローニに仕えて来た元帥として、最後の仕事を果たす時を悟ったのだ。
 いや、アンラウフが自らの足でこの部屋を訪ねて来た時から、それを悟っていた。きっとクラスはこれを伝える為に、この時間を与えられたのだ。

&ref(Klasアイコン.png);「そういった冗談はノルドらしくありませんな……それに、策は尽きてはおりませぬ」

&ref(Klasアイコン.png);「陛下……なぜ、一世紀に渡って我らの獲物で在り続けたキリスト教徒どもに、今ノルドが脅かされているのかお分かりですかな?」

&ref(Anlaufr2アイコン.png);「……遠慮は無用か」

&ref(Klasアイコン.png);「王は陛下であらせられますれば」

 アンラウフは暫し瞑目し、胸底に封じていた不満をゆっくりと、しかし全くの衒い無く吐き出す胚を決めた。

&ref(Anlaufr2アイコン.png);「ノルドの信仰が、『古い』からだ」

&ref(Klasアイコン.png);「然り」

&ref(Anlaufr2アイコン.png);「どれ程熱狂的に信仰しようと、どれ程神々の為に命を捧げられようと、この新しい時代の戦争では通用しない」

&ref(Anlaufr2アイコン.png);「一人の勇者が戦場で勝利の剣を揮い、神々の加護を得て逆転する……そんな『神話』に縋るには、戦争の規模は巨大化し過ぎている」

&ref(Anlaufr2アイコン.png);「キリスト教徒の信仰が『新しい』のは、文書に纏められ、共通する頂点者を持ち、連合でありながら一国の軍として振舞う事ができる点にある」

&ref(Anlaufr2アイコン.png);「ノルドにそれができないのは、氏族によって異なる口伝と神々を持ち、『同じ信仰』を共有できないからだ」

&ref(Anlaufr2アイコン.png);「信仰は『想い』から『行為』に結び付く。ノルドは、一つの目的の為に、一つになって協調する事ができない」

&ref(Klasアイコン.png);「然り」

&ref(Anlaufr2アイコン.png);「氏族同士の血縁と連帯はノルドの拡散を助けた。だが、今やそんな乱麻の様な結び付きでは、寄り縄のキリスト教徒とは戦えん」

&ref(Anlaufr2アイコン.png);「我々は、時代の流れに取り残されたのだ。『&ruby(フィンブルヴェト){大いなる冬};』は来た、これは単に、そういう事だろう」

&ref(Anlaufr2アイコン.png);「試しに&ruby(オーディン){全なる父};に祈ってみるか? それとも&ruby(フレイヤ){母と同じ名の女神};に? 滅びるべくして滅ぶ運命を、どうか変えてくれと?」

&ref(Klasアイコン.png);「然り」

&ref(Anlaufr2アイコン.png);「!?……何だ、余はからかわれたか」

 アンラウフは溜息を吐く。クラスと言う男の信仰心は分かっていたつもりだったが、彼の聞き様に何かこれまでと違うものを期待した自分を恥じた。
 しかし、クラスは構わずに続ける。それは、不思議と秘めやかな前触れだった。

&ref(Klasアイコン.png);「陛下、祈られるべきです。正しく祈られるべきです。そして、正しく祈られる為には、正しき場所で祈られる必要があるでしょう」

&ref(Anlaufr2アイコン.png);「…………何が言いたい」

 前触れが終わる。本題は雷鳴の如くアンラウフの脳天に響いた。

&ref(Klasアイコン.png);「ウプサラを奪られませよ」

 クラスの包帯と、言葉に血が滲んでいる。文字通り、命を賭けた言葉だった。

&ref(Anlaufr2アイコン.png);「馬鹿な…………ウプランドは今、ムンソの版図。スヴィドヨッドの王都だぞ……」

&ref(Anlaufr2アイコン.png);「ギュラ姉様の要請に応じて援軍を出した事、ノルウェー服属を助けられた事も忘れてはおるまい?」

 クラスの声が熱を帯びる。それは狂信と合理の結び付いた、革命の提案だった。

&ref(Klasアイコン.png);「その通りです。しかし、ウプサラは歴史を遡ればインリングの聖地であり、ウプランドは『フロージの平和』が始まった場所」

&ref(Klasアイコン.png);「そのインリングを支配する今、かの地を得るべきはフローニに御座います」

&ref(Klasアイコン.png);「ホレイドラは元よりシェランにあり、ノルウェー征服によってデンマークはマエレを得ました。スカンディアに残る大寺院はウプサラのみ」

&ref(Klasアイコン.png);「陛下の仰られた通り、ノルドは氏族によって信仰の斑が御座います。であれば、フローニという大氏族によって統一されれば良い」

&ref(Klasアイコン.png);「このクラス、アンラウフ陛下を『フレイヤの末裔』と信仰しておりますればこそ、これを最善と考えます」

 アンラウフは反論の言葉を考える。必死で考える。どんな反論も無意味であろう事は解っていた、しかし何か言わずにはいられなかった。
 自分が探しているのが、クラスという信仰者に対する反論なのか、何かもっと宿命的なものへの反論なのか――
 戸惑いの中ではそれも定かではなかた。しかし、反論はせねばならなかった。

&ref(Anlaufr2アイコン.png);「……次のスヴィドヨッド王はギュラ姉様の子である筈。余でなくとも、彼の継承を待てば……」

&ref(Klasアイコン.png);「否。スヴィヨッドの王位は未だ安定しておりません。いつ兄弟に覆されるとも分からない状況で、それを期待するのは下策であります」

&ref(Klasアイコン.png);「加えて……『唯一人の頂点者』が全ての聖地を掌握し、諸々の神話を改める事こそ、この革新に必要でありましょう」

&ref(Anlaufr2アイコン.png);「…………余は」

 鉄槌で撃たれた様な衝撃に、アンラウフには俯く事しかできなかった。
 弟と息子を手に掛けて、今度は姉のいる国と戦わねばならないという事が、アンラウフを打ちのめしていた。
 ただ滅びる事が選べるならば、その方が余程ましに思えた。しかし、アンラウフの何かが、そうはさせてくれなかった。
 そうさせた何かが、仮に王の宿命であるならば……オーディンさえ逆らい得ない宿命に、どうして人の身のアンラウフが逆らえるだろうか。
 どんな反論も無意味であろう事は、解っていた。

&ref(Anlaufr2アイコン.png);「余は、どうすれば良い……」

&ref(Klasアイコン.png);「幾ら暴れるともノルウェーを手放されるな、何度でも鎮圧されませよ。そして、直ぐにウプランドに特使を送り、領有権を主張するのです」

&ref(Klasアイコン.png);「しかし、『フロージの平和』も神話の頃の事……証拠を上げるまでには時間も掛かるでしょう。事によってはより積極的な工作も必要です」

&ref(Klasアイコン.png);「その間に、キリスト教徒よりも先にフィン人を支配するのです。ホルムガルドが時間を稼ぎます、奴らの北上にはまだ間がありましょう」

&ref(Klasアイコン.png);「北方のラップ人は既にデンマークのものでありますれば、最早バルト海の東西がデンマークのものとなるのは時間の問題」

&ref(Klasアイコン.png);「スカンディア全てを、統一された信仰で結び付けるのです」

&ref(Klasアイコン.png);「そして……&ruby(ヒルディスヴィニ){戦猪旗};の下にスカンディアの氏族が一つになった時……改めて、雪辱の時は来るでしょう」

&ref(Anlaufr2アイコン.png);「その時を、このクラスは高き枝より覗かせていただきましょうぞ」

 恍惚とした表情で、クラスは笑う。口の端から血が流れた。ノルンが、糸を切る時が迫っていた。

&ref(Anlaufr2アイコン.png);「……逝くのか、ヴァルホール&ruby(・・・){とやら};へ」

&ref(Klasアイコン.png);「望むべくはセスルームニルに……きっと、フレイヤ様がお待ちでしょうから」

 最後の最後まで、クラスという男はこうだった。その忠誠心は女神と重ねられたフレイヤに向けられ、アンラウフはそれを仮託され続けていた。
 そして、そうして来たのはクラスだけではない。このデンマークが「フレイヤの国」で在り続ける限り、アンラウフは「フレイヤの末裔」である事から逃れられない。
 だから、摂政として、元帥として、常にアンラウフの覇業の前線に立ち続けてきたこの男にだけは、これを伝えずに死なせるわけにはいかなかった。

&ref(Anlaufr2アイコン.png);「さらばだクラス。余は子供の頃から、お前の事が嫌いだったぞ」

&ref(Klasアイコン.png);「お互い様ですな。おさらばです、アンラウフ陛下……酒は控えられますよう願いますぞ」

 その日の夜、戦い果てた一人の男がヴァルキュリアの抱擁を受けた。
 彼の魂がフォルクヴァングに迎えられたのかどうかを知る術は、地上にはなかった。

*アンラウフ王(完結編)2.21.912~ [#tf53b602]
**ハンマブルクの挑戦 [#j5798863]
 アンラウフ王は東フランク王国へ全ユランの領有権を主張し、ハンブルク征服の宣戦布告と同時に同盟関係にある全ノルド勢力に援軍を要請した。
 このタイミングでアンラウフがこの戦いを決断したのには、シグトリュグ王の死によって、南方諸島王国の新たな王となったトロルフが改宗を選んだ事が無関係ではなかっただろう。

&ref(南方諸島王国の現状.png); 国名はそのままだが、諸島部は喪失している。

 ヨルヴィクでは"白シャツ"ハルフダンの孫娘・アルフリドが大鴉旗を振っていたが、大異教軍の失敗と敗北は明らかだった。

&ref(ヨルヴィク.png);

 元々「容易な獲物」と看做されていたアングロ・サクソンに対してこれ程の大敗を喫した事はノルド世界に大きな衝撃を与えており、キリスト教徒の熱心な宣教活動もあって、スカンジナヴィア内でも改宗を選ぶ者達が現れていた。この頃のノルドの信仰には聖典や宗教指導者も存在せず、秩序立った体系を備え、人種・民族を選ばないキリストの教えの浸透を止める力は無かった。
 しかし、元々が氏族社会であり、一つに纏まる事を苦手とするのが弱点であるノルド人にとって、宗教的分裂は更に深刻な弱体化を齎す要因になる。アンラウフ王はカール大帝の建造したハンマブルク城砦を攻略する事でキリスト教に対するノルドの有利を印象付け、それを防ごうとしたものだと考えられている。

 この頃、デンマーク王国以外で比較的大きな勢力を保っているノルド勢力は3つ。スヴィドヨッド王国、ホルムガルド小王国、コーヌガルド小王国(旧キエフ大族領)である。

&ref(スヴィドヨッド内乱終わらず.png);

 スヴィドヨッドでは王位を求めてシグルド王の弟・エイリークが決起しており、再び内乱状態になっていた。

&ref(http://photozou.jp/photo/show/3115078/207310802);
 東欧ではホルムガルドから完全に切り離されたウラジミールで、リンダの子・カルルが叛乱を試みている。

 この中からアンラウフ王が同盟関係を持っている相手を整理すると、

 --スヴィドヨッド王・シグルド(義兄)
 --スヴィドヨッド反乱軍頭目・エイリーク(義弟)
 --ウラジミール反乱軍頭目・カルル(従弟)
 --ホルムガルド王・ヘルギ(義父)

 の四人となる。アンラウフはこの全員に、ハンマブルク攻略への参戦を要請し、シグルド王以外はこれを受けている。
 しかし、アンラウフが戦力としてあてにしていたのはホルムガルドのみであり、他の勢力には名前だけの参戦で構わない旨を伝えた様である。
 アンラウフはこれを「デンマークの戦い」ではなく、形の上だけでも「ノルド人の戦い」にしたかったのである。

 この戦争の序盤は、ノルドの圧倒的有利で進む。
 デンマークは常備軍・徴集兵を合わせて6000近くもの兵員を集めて南進、約1年の包囲戦によってハンブルクの占領に成功したのである。

&ref(ハンブルク占領.png);

 奪還を試みようと集まるキリスト教軍を集結前に各個撃破。続けて、ホルムガルドの援軍を待ちながらブレーメンの占領に取り掛かり、増援が到着すればノルド人の大軍団を見せ付けて割譲を迫る、というのがアンラウフの作戦であった。仮にキリスト教連合軍が集まっても、デンマークとホルムガルドの合わさったノルド人の群れには恐れを為すだろうと考えたのだ。
 しかし、開戦から1年以上が経過しているのに、ホルムガルドからの増援が到着する気配は全くなかった。これがアンラウフの誤算であった。

 "豪胆王"リューリクと"異人の"デュレという「2大ヴァリヤーグ」が周辺部族を征服する事によって成立したリューリク朝王国(ホルムガルド)とオスキルド朝王国(キエフ→コーヌガルド)であるが、ほぼ同時期にリューリクとデュレを失っており、どちらも不安定な状態にあった。偉大な王であった二人によってこれまでは表面化しなかったが、ノルド化を受け入れられない族長達や民の叛乱が相次ぎ、この戦争の直前までそれを鎮圧するのに忙殺されていたのである。
 そして鎮圧が何とか一段落した、という所で、ホルムガルドは意外な相手と戦う事となっていた……黒海北岸に版図を持つ謎多きユダヤ系遊牧民・ハザール人である。

&ref(ハザール.png); ハザール人の版図と、ブラニド朝ハーナムのグンドゥズ。

 というのも、ハザール人はこの頃クリミア一帯を得る為の聖戦を宣言しており、そのクリミアの中心には、なぜか年甲斐も無く冒険的な征服によって独立版図を得ていたヘルギの義父・ジロスラフがいたのである。

&ref(ジロスラフ.png); "征服者"ジロスラフ。齢50にして野心旺盛、武勇にも長ける「クリミア族長」である。

 ホルムガルド軍はジロスラフの救援に向っており、スカンジナヴィアから離されていたのである。
 この報告を受けた時、アンラウフは怒る事もできずにただ脱力したという。

&ref(Anlaufr2アイコン.png);「またも大局を忘れ、家族の掟によって、ノルドは混沌に呑まれる」

 アンラウフの日記と思しい文書にはその様な愚痴が見付かっている。
 しかし、アンラウフはこの時点では大して焦っていなかった様である。というのも、初戦での圧倒的な優勢によって、デンマーク一軍で押し切れるかもしれないと考えたのである。
 だが――

&ref(http://photozou.jp/photo/show/3115078/207310807);

 オルデンブルクに、それは出現した。東フランク軍は兵を西に向わせて中・西フランクの軍と合流させ、デンマーク軍にエルベ河を越えさせてから、油断した所を攻撃する算段を整えていたのである。ハンブルクも、これまでデンマークが撃破してきた小軍も、囮だったのだ。
 デンマークはこの時点までの戦果を放棄すれば白紙停戦を結ぶ事もできたであろうが、占領したハンブルクを手放す事を惜しむ継戦派からは、ホルスタインに退き、追って来たキリスト教軍が湾を渡って来た所を叩く、という案が出された。8500対6000程度の不利ならば、地形と練度で補えば覆せる、というのが継戦派の主張であった。仮に敵がブレーメンに留まったならば、ホルムガルドの増援を待つ時間が稼げるという狙いもあった。
 これを受けて、アンラウフは停戦ではなく、継戦を選んだ。そしてそれが、「ベフェルステッドの大敗」に繋がったのである。

&ref(ベフェルステッドの大敗.png);

 なんとも間抜けな話で、デンマーク軍は湾を渡る間に、港町ベフェルステッドでキリスト教軍に追い付かれたのである。しかも、敵軍は戦闘中にも続々増援を送り込み、最終的には1万を超える大軍であった換算になる。仮にホルスタイン到着が適っていても、敗北は必然だったろう。敵軍に面した&ruby(しんがり){殿};を援護する事もせず、ヘリゴランド湾側では武器を捨てて我先にと無様に逃げ惑うノルド人が溢れて隊列も散り散りに乱れ、デンマーク軍の8割以上が惨殺されるという結果に終わった。

&ref(デーンゲルド.png);

 913年6月。アンラウフは漸く停戦を申し出るが、デンマーク軍の瓦解によって既に当初の優勢は失われており、国庫に倍する賠償金によって和平を「買う」形となってしまった。そして、その賠償金はこれまでデーン人がキリスト教国から毟り取って来た和平金に擬えて、「&ruby(デーンゲルド){デーン人の税金};」と呼ばれ、キリスト教国の爆笑をも買う事となった。

 ノルド人の誇りを賭けた「ハンマブルクの挑戦」は、却ってキリスト教国に、ノルド人に対する優位を確信させて終わったのである。

**第二次ノルウェー叛乱 [#j05891e8]
 この大敗に憤怒を露にして、敗戦直後にノルウェーはまたも叛乱を起こす。
 しかし衝動的に行われたと言ってもいいこの叛乱は、前の叛乱とは異なりノルウェー全体が一つとなって行われたのではなく、二軍に別れていた。

&ref(ノルウェー叛乱2.png); ヴェストランデ大族長・トールフィンと、彼を支持するトロンデラーグ大族長・フロージ。

&ref(ノルウェー叛乱3.png); オストランデ大族長・カルルと、それを支持するヴェルレ族長・エイリーク及びアンゲルマンランド族長・スーニ。

 首謀者はどちらもあのローンヴァルド(913年頃に病死)の息子、若きインリング家の大族長であり、どちらの要求もノルウェー王位であった。兵力は前回の叛乱に較べれば大した数ではなかったが、先の大敗でデンマーク軍が大きく戦力を失った事が彼らに付け入る隙を与えていた。デンマークの族長達は自軍の兵力の回復を待ちながらの長期戦を覚悟した。

&ref(義勇軍.png); &ref(http://photozou.jp/photo/show/3115078/207310804);

 これに、ノルウェーの分離をよしとしないデーン人の義勇軍が参戦した。合わせて何とか2000人に届いたデンマーク軍は先ずヴェルレ軍800に攻撃。野戦で勝利する。

&ref(ボヘミアーン.png); &ref(ボヘミアンアン.png);

 914年8月。デンマーク軍がヴェルレの包囲を進める最中、キリスト教化し、聖戦の行使によってポーランド全域の支配を狙うボヘミア王は、フレイヤ女王の征服したポーゼンの割譲をデンマークに要求。キリスト教国と矛を交えるのを嫌がったアンラウフは即座にこれを呑み、ポーゼンを喪失する。しかし、ポーランド内のデンマーク領はそのポーゼンのみであった為、ボヘミア王の矛先を一地域の割譲で回避したという意味でこれは英断であったと言えるだろう。

&ref(はくしーし.png); &ref(ハマルフスの戦い.png);

 10月にはヴェルレの包囲が完了し、早期鎮圧を目指す為にオストランデ側の叛乱軍とはこの時点で白紙停戦が交わされた。ヤムタランド周辺の占領を進めるヴェストランデ軍を討つべく、デンマーク軍は北上。ハマルフスの戦いで勝利し、占領地の解放を開始する。

&ref(ヘルギの死.png); &ref(ホルムガルドの混乱.png);

 この頃にホルムガルド王・ヘルギが死去する。領土は息子達に継承されて分裂し、周辺部族との戦いが激化。混乱期に突入する。
 アンラウフは幾度も(ホルムガルドやスヴィドヨッドの)義兄弟達に援軍を要請され、それを受けているが、その何れにも兵を出していない。

&ref(鎮圧.png);

 917年5月。4年近く続いた叛乱は漸く鎮圧される。
 この後、アンラウフは国内に募り続けるデンマークとノルウェーの間にある軋轢や、キリスト教国への敵意や劣等感の捌け口を与える為、北方のラップ人の征服を開始。この戦いには連勝し、サップミとケミを版図に組み込むが……

&ref(クラスの死.png);

 ……920年2月。アンラウフの幼少期には摂政を務め、その後も最前線で戦い続けた元帥・クラスが死去。ラップ人との戦いで受けた重傷が原因であったという。
 この頃から、アンラウフの征服行は明らかな「覇業」の色彩を帯び始め、フィン諸部族の征服によって、デンマークのスカンディア・バルト化が進められる様になる。
 一説によれば、続くウプランド要求はクラスの最期の献策であったと伝えられている。

**ウプランド要求 [#r0bb2d78]
&ref(http://photozou.jp/photo/show/3115078/207310806);

 922年9月。アンラウフは唐突に、スヴィドヨッドにウプランドの領有権を主張した。

&ref(Anlaufr2アイコン.png);「スヴィドヨッドの善王、我が義兄・シグルド殿、長らくウプサラを預かって頂いた事を感謝する」

&ref(Anlaufr2アイコン.png);「かの地は元来、フレイの末裔たるインリングの玉座の置かれた場所。『フロージの平和』の始まった聖地である」

&ref(Anlaufr2アイコン.png);「その守護という重責をこれまでムンソの氏族に負わせ続けて来た事を、インリングに代わってフローニが労おう」

&ref(Anlaufr2アイコン.png);「それもヴァルキュリアの血を引くムンソにならば可能であると思ってこその事。そしてそれは十分に果たされた」

&ref(Anlaufr2アイコン.png);「しかし血は薄れるもの。ムンソの氏族もいずれ戦乙女の力を失い、人に還る事だろう。その兆しは既に起こっている」

&ref(Anlaufr2アイコン.png);「フロージに代わってフレイヤの名の下、汝らを守護の任より解する。折を以てウプランドを返上せよ」

 ウプランドは神話の時代に遡ればインリングの聖地であり、ムンソ家が今日そこを支配しているのは「神々にそこを守護する様に命じられていた」からであるという主張である。そして、その任務はラグナルの妻・アスラウグが戦乙女の娘であった事を理由に与えられたものであり、血が薄れて来たので解任する、という訳である。
 飽くまで労う様な文章であるが、これはつまり、「フローニは神の血を引いているのでムンソよりも格上である」という主張でもある。
 シグルドは実際にフローニ家のギュラと母系結婚しており、前回の西ゴートランドの攻撃とて、その結婚によって得られた援軍で退けている。「兆し」と言われているのは恐らくはこの頃のスヴィドヨッドが喫していた大規模な失地の事であろう。長引く内乱の隙を突かれて以前と同じ様に西ゴートランド王国の攻撃を受け、今度こそスヴィドヨッドはその南部を大きく喪失していたのだ。

&ref(この頃のスヴィドヨッド.png);920年時点のスヴィドヨッドの版図。南部を完全に喪失し、王位簒奪の危機にある。

 その要求に、シグルドは反論する事もなく、苦笑で返したという。半ば諦めていたのだ。
 シグルド王は「善王」の仇名で知られる通り人が良く、その人品で臣民に大いに愛されていた。本人も常に臣民の事を第一に考え、兄弟達の叛乱を鎮圧し続けてきたのも、ギュラ=フローニとの母系結婚を受け入れたのも、全てスヴィドヨッドの民を守ろうと思えばこその事だった。それが、今度の戦いではフローニは援軍を出す気配も無く、南部の版図と民を大きく失う事となってしまった。それが伏線なのではないかと薄々気付いていたのだ。
 「最早自分の氏族にスヴィドヨッド王としての力はない」とシグルドは理解していた。自分が崩御した時には、王位は長男・ビョルンに継承され、スヴィドヨッドはフローニ朝の王国となる事も納得していた。だが、アンラウフ王は、どうやらそれを待たないつもりであるらしく、シグルドは思わず苦笑したのだ。

&ref(善王シグルド.png); "善王"シグルド。人格者で知られる名君であったが、苛酷な運命に翻弄された人物でもある。

 しかし「はいそうですか」とは行かない。ウプサラ大寺院はスヴェア人の心の拠り所であり、スヴィドヨッドが危機的な状態にある今、これを喪失すれば臣民は信仰という希望さえ失ってしまう。シグルドは改めて、「自分が崩御すればビョルンがスヴィドヨッド王冠を継承する。それを以てウプランドは返上されるだろう」と返信した。
 アンラウフはこれに対して何も返さず、黙々とデンマーク軍にフィンランドを平らげさせていた。しかし、シグルド王は、その沈黙が了承を意味するものではないであろう事も理解していた。

**スヴァンヒルドの陰謀 [#m62ee356]
&ref(娘投獄.png);

 アンラウフのスヴィドヨッド要求の直後、アンラウフは密偵頭から悲しい報せを受ける。長女・スヴァンヒルドが、次男・カルル殺害の陰謀を企てていた、というのである。
 この頃、アンラウフには(不審死した長男・トティルを除き)5人の子供がいたが、息子はカルルのみであった。この陰謀は、明らかに王位を狙ってのものだったろう。
 アンラウフはこれに気も狂わんばかりに怒り悲しみ、迷う事無くスヴァンヒルドを投獄し、生涯解放する事はなかった。
 (どちらにも確証は無いが)弟殺しと息子殺しを経験していると思われるアンラウフは、スヴァンヒルドの行為に自分の罪の意識を再認識させられたのではないだろうか。

**余談・グンビョルンの発見 [#qba6978b]
 暗い話ばかりが続いたので、この頃にあった少し明るい話をしよう。
 コロンブスに先駆ける事数百年。あるノルド人の偶然の大発見が、世界を驚かせたのである。、

&ref(グンビョルンの発見.png);

 ノルウェーから船で出発し、レイキャヴィクに向ったノルド人・グンビョルンは強風に煽られ、予定の航路を外れて大きく西に流されてしまった。そしてその先で、目的地であるアイスランドよりも遥かに巨大な海岸線を目撃した。接岸こそしなかったものの、その陸地はまだ手付かずで、誰のものでない様に思われた。
 925年6月、漸く本来の目的地に到着したグンビョルンからこの話を聞いたアイスランド人達は、その未知の島……いや、恐らくは「新大陸」の、調査と冒険を志すのだった。

**「フロージの相剋」 [#kcd0c77c]
925年6月末。

&ref(Anlaufr2アイコン.png);「……………………」

&ref(Sigurdrアイコン.png);「……………………」

&ref(Anlaufr2アイコン.png);「ウプサラを、フローニに返上せよ」

&ref(Sigrudrアイコン.png);「断る」

&ref(Anlaufr2アイコン.png);「……これは、正式な宣戦布告である」

&ref(Sigrudrアイコン.png);「歴史を書き直せるつもりか、『フレイヤの末裔』&ruby(・・・){とやら};よ」

&ref(Anlaufr2アイコン.png);「……………………」

&ref(Sigrudrアイコン.png);「…………それも、良かろう」

 「フロージの相剋」と呼ばれたこの戦いは、アンラウフ王の正式な宣戦布告に始まり、フィンランド側から進軍したデンマーク軍が、圧倒的な兵力差でスヴィドヨッド軍をオーランドで撃破し、追撃する事もせずにウプランドまでを占領する形で、927年の8月頃に決着している。それはまるで、デンマークがその頃に行っていた、周辺部族の征服行の延長の様にして行われ、戦況に目立った起伏もない「スムーズ」な侵略だった。
 しかし、この戦いの未来を、全てのノルド人が強く意識していたという意味で、スカンジナヴィア史上でも最も重要な戦いの一つであったろう。

 この戦いで「フロージの平和」の象徴である大寺院「ウプサラ」の建つ地、ウプランドを得たデンマークは、シェラン島の「ホレイドラ」、トロンデラーグの「マエレ」も含め、ノルド信仰の中心となっている「3大寺院」を全て支配下に置いた。

&ref(スカンジナヴィア2.png);

 そして、この頃までに、デンマークはユラン・スカンジナヴィア・バルトの大部分をその版図に収めていた。
 全てのノルド人が、或いはそうで無い者も、アンラウフ王を、フローニ家を知る誰もが、
 デンマークの目指す所を、辿り着きつつある場所がどこなのかを、理解し始めていた。

 ''"&ruby(ヘイムスヴェルディ){帝国};"''

 北ヨーロッパ全ての王冠を束ねる"皇帝"なる者の出現を、全てのノルド人が意識し始めていたのである。

**カルルとリンダ [#f9bd954a]
&ref(カルル.png);

 927年11月、カルル王子が成人。アンラウフ譲りの恰幅は若くして威厳に満ち、親切で気前の良い親分肌な人物に育っていた。しかし、臆病なアンラウフの背中を見て育った為か、短気で傲慢、そして何事にも斜に構えた所があったという。勉学にも熱心ではなかった様で、家臣達からはその能力を疑問視する声もあった様である。
 ウプサラの奪取について大きく祝う事もせず、粛々とフィンランド諸部族の平定を続けていたアンラウフであるが、「自分が母の血を汚した」という偏執的な思い込みに憑かれており、カルルの無能さの理由もそれであると考えて、神経質な審査を繰り返しながらカルルの結婚するべき「優れたノルドの血」を持つ女を探していた。

 そして、百人を超えたとも言われる花嫁候補の中から選ばれたのが、後に「カルル王の功績の2/3を担う」と謳われる才女、リンダである。

&ref(リンダっち.png);

 奇しくもアンラウフの姉と同じ名を与えられ、スカンジナヴィア北方はアンゲルマンランドの&ruby(ヤルル){族長階級};として生まれ育った彼女は、幼少の頃からその明敏さで知られ、成人を控える頃にはあらゆる分野で大人顔負けの能力を見せた。&ruby(ヤルル){族長階級};としてのプライドと責任感を備え、持ち前の行動力で身分の別なく多くの人物と交流を持った事から、&ruby(カルル){自由階級};や&ruby(スレール){奴隷階級};の者達にも良く愛されていたという。女でありながら、アンゲルマンランドでは「彼女が族長となってくれたなら!」と望む者も少なくなかった。

&ref(結婚式.png);

 928年12月頃に二人は結婚するが、臣民達は「実質の女王戴冠」だと囃してこれを祝った。
 リンダは口と態度ばかりの大きなカルルの事が余り好きではなかった様だが、カルルはリンダの能力と人格を認めており、臣民達のそんな冗談にも真剣な反論はせずに肩を竦めて笑っていたという。
 長らく笑顔を見せなかったアンラウフもこの時ばかりは表情を和らげ、大いに慶んだ。しかし……それがアンラウフ王の見せた、最後の笑顔であったかも知れない。

**大叛乱 [#qb60e139]
 アンラウフ王の性急とも言える覇業は、「ノルド王に求められるものの多くを備えていない」事へのコンプレックスという、一種の妄執を原動力に進められていた様に思える。そして、アンラウフ王に欠けている「適性」のうちで最も致命的なものが、カリスマ性だったのは明らかだろう。

&ref(フィンマルク人の叛乱.png);

 929年6月、ノルド人の族長を拒むラップ人達がフィンマルクで決起。
 この頃のデンマーク軍はフィンランド中部を支配するタヴァスティア族と戦っており、ウーシマー(ノルド語ではアウステルボーン)の併合が終わるまではこれを無視する方針を採った。
 すると、その翌年2月……

&ref(諸部族叛乱.png);

 リガの女族長・リンダ((リンダ多いですね……っていうかノルド人名のパターンが少ない;;))を筆頭に、多くの族長が独立を求めて反旗を翻した。
 これは、フローニ朝が帝国化する事で永遠にその支配下に置かれる事を恐れて起こった、巨大化の反動とも言えただろう。

&ref(闇金ウーシマーくん.png); &ref(ストラルサンドの戦い.png); &ref(ラッパー死すべし.png);

 930年10月、ダヴァスティア族との戦いに一段落を付けたデンマーク軍は漸くで叛乱勢力の鎮圧に動き出す。
 ストラルサンドの戦いで叛乱族長軍の主力部隊を瓦解させた後に艦隊で北上、932年10月頃にはラップ人の叛乱を鎮圧する。
 そして、改めて叛乱族長達の版図に軍を送り、占領を進めていた、933年3月……

&ref(ノルウェー叛乱4.png);

 またも、ノルウェーの族長達がノルウェー王位奪還を試みて立ち上がったのである。
 第三次ノルウェー叛乱の首謀者はヴェストランデ大族長・スクーリ。ローンヴァルドの三男であり、嘗て造反した兄・トールフィンの代わりにヴェストランデ大族長の地位を与えられた人物であり、つまりはまたもインリング家の造反であった。

&ref(ユランの混沌.png); 934年12月頃のユラン半島。混沌の極まる有様である。

 そして、アンラウフが最も恐れていた事が起こる。無秩序に暴れ回る叛乱軍の撃滅に王軍は奔走するも十分に手が回らず、ついに叛乱軍のユラン上陸を許してしまったのである。
 何とか逃げ出す事に成功したアンラウフであるが、ホーセンス城砦が占領された時にはこの世の全てを呪って泣き叫んだという。

&ref(ユランの混沌2.png);

 935年6月頃、デンマーク軍は占領されたホーセンスを解放し、ハランドに集結しているインリング軍に向けて進軍する。
 そしてこの時、デンマーク最南端部であるメクレンブルクでは奇妙な事が起こっていた。

&ref(メクレンブルクの混沌.png);

 叛乱族長軍とインリング軍の要請で援軍に来た他国の軍団が、衝突を起こしていたのである。
 デンマークという共通の敵を持つ彼らであるが同盟関係にはなく、いわば「獲物の奪い合い」から生じた争いであった。これにより両軍は大きく弱体化、そしてこれが、この何年にも及んだ内乱の趨勢を決定付けた。

&ref(ファルケンベルクの戦い.png);

 デンマーク軍がハランドのファルケンベルクでインリング軍の主力を下すと、叛乱族長軍とインリング軍の両方から白紙停戦の申し出があった。しかし、完全に恐怖に憑かれていたアンラウフはこれを拒絶。反逆者達の完全な降伏と捕縛が為されるまで徹底的に攻撃せよ、と元帥に命じたという。

&ref(鎮圧2.png);

 938年5月、叛乱族長軍が降伏。参戦していた族長は全員が捕縛され、その処遇は内乱が収まってから審議される事となった。
 残すはインリングとの4度目の決着のみ――

**幕間「地獄(ヘルヘイム)」 [#r8bf1a4c]
&ref(Anlaufr3.png);「殺せ……殺し尽くせ、イ、インリングの兵を……一兵足りと逃す事無く、殺せええ……」

 王が目を醒ましたと聞きカルルとリンダ、そして城砦の全ての&ruby(ヤルル){族長階級};が王の寝室に集まった。
 元より内向的で、塞ぎ込む事の多いアンラウフ王であったが、スヴァンヒルドの投獄からはそれが深刻化し、暴食が反転した様に食事を摂らなくなって酒ばかりを飲み、寝室に閉じ籠る様になっていた。ここ数ヶ月はいよいよ意識も朦朧として、治世の終わりが近い事を誰もが理解していた。

 顔には急速に痩せた事で余った皮膚が垂れ下がり、呪わしい表情を更に呪わしく歪め、そこに刻まれた皺のうち一つが割けて生まれた様な口から、絶えず呪詛めいた言葉が漏れ出していた。長く深い酩酊の中では無数の感情が攪拌され、均質化する。アンラウフの感情はその余りの恐怖の大きさから、幾度も叛乱を繰り返し、ついにはユランに攻め込んだインリングへの憎悪一色に染まっていたのだ。

&ref(http://photozou.jp/photo/show/3115078/207310800);「親父……俺がわかるか。リンダもいる」

&ref(http://photozou.jp/photo/show/3115078/207310801);「陛下、御気を確かに」

&ref(Anlaufr3アイコン.png);「リンダ……!!?」

 アンラウフの目が瞠かれる。そこにはインリングへのものとは明らかに異なる、もっと根源的な恐怖が写っていた。

&ref(Anlaufr3アイコン.png);「ね、姉様……あ、貴女は、死んだ筈だ! 貴女はウラジミールで死んだのだ!!」

&ref(Anlaufr3アイコン.png);「いや、そ、それとも……地獄からも余を見張っていたか……!? 余の臆病さを……! 余の不出来を!!」

&ref(http://photozou.jp/photo/show/3115078/207310801.png);「へ、陛下! お止めを――!!」

&ref(http://photozou.jp/photo/show/3115078/207310800.png);「何してんだ親父!! リンダは伯母さんじゃない!」

 アンラウフは目覚めたばかりとは思えない勢いで跳ね起き、リンダに飛び掛った。幽鬼の様に色を失って、震える指をリンダの首に掛け、幼少から苛み続けて来たものの息の根を止めようと力を籠めていた。
 唖然としていた周囲の&ruby(ヤルル){族長階級};達が慌てて王を引き剥がす。リンダへの襲撃で全ての力を使い果たしたのか、アンラウフは暴れる事もできずに羽交い絞めにされた。
 その顔は笑っていた。一切の喜びの無い、恐怖と怒りに満ちた、卑屈で暗い笑いだった。

&ref(Anlaufr3.png);「ク……クク……そうか、良いだろう、連れて行くが良い…… 余を地獄へ連れて行くが良い!!」

&ref(Anlaufr3.png);「&ruby(ヴァルホール){戦死者の館};には! &ruby(フォルクヴァング){民の野};には! ローンヴァルドが、クラスが、父様が、母様がいるのだろう!?」

&ref(Anlaufr3.png);「余は違うぞ! 余は生涯戦わなかった! 奴らと同じ所になど行って堪るものか!!」

&ref(Anlaufr3.png);「連れて行くが良い、&ruby(ヘルヘイム){地獄};へと! ヘルの膝元へと!! 臆病者にはそれが似合いであろう! 余は喜んで赴こう!!」

&ref(Anlaufr3.png);「地の底がどれ程凍て付く場所であろうと、無限に争う恐怖と苦しみに較べれば、余は一つも恐れぬわ!!!!」

&ref(Anlaufr3.png);「戦狂いのノルド人よ!! 血に飢えた蛮人どもよ! 余はそこで永遠にお前達を憐れむだろう……!」

 嘗て、姉・リンダに対して吼えたのと同じ、それは悲鳴で訴える恐怖と怒りだった。この場の誰も見た事のない、臆病な王の激昂だった。
 そして、その叫びを最後にアンラウフ王は再び昏睡状態に陥り、その日の夜に崩御した。

 王の最期の言葉はその場の者達の胸に堅く秘される事なり、他のノルドがそれを知る事は決して無かった。

*939年1月12日 アンラウフ王、崩御。 [#w3825c2c]
&ref(自殺でも病死でもなく鬱で死ぬ、ってどんな風に死ぬんでしょう…….png);

 アンラウフ王の死は、心を病んだ事による衰弱死であったという。かの人物は最期まで、ノルドの王として生きるには余りにも臆病で、繊細だったのだ。
 研究家の中には、家臣達の心を掴む事もできず、ノルウェーも制御し切れずに幾度も叛乱を許した事でアンラウフ王を無能と断じる者もあるが、筆者故人は、その「欠陥」があったからこそ、ノルド達に認められようとして、アンラウフ王の覇業が行われたのではないかと考える。
 生涯自ら戦場に出る事はなかったが、運命と戦い続けた姿は戦士そのものと言って良かった筈である。きっと、フォルクヴァングで家族と再会し、抱擁し合い、喜びに満ちて、天から末裔達を見守っている事と信じたい。

&ref(1940年.png);
 叛乱鎮圧直後(1940年)時点のスカンジナヴィアを中心とした勢力図(デンマークは朱色)。
 57歳まで生き、親政期間41年の統治であったが、仮にもう10年あればアンラウフ王による帝国化が現実のものとなっていただろう。

トップ   新規 一覧 検索 最終更新   ヘルプ   最終更新のRSS