[[AAR/ラテン帝国を取り戻せ!]]


**1401年 世紀初の世界 [#rfb1663f]

15世紀初。世界は下のようになっている。

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ノルウェーの混乱はようやく落ち着いたが、王国南西部の公が分離独立を果たしている。
東欧では、世界唯一と言って良い東方正教系の大国、リューリク家のロシアが君臨している。
ポロツク・スモレンスク・ブリヤンスク・ガリチアといった諸公家では、カトリック系の諸家と正教系のリューリク系との間で、公位争いが頻発している。
ポーランドはHREに従属戦争を喰らって従属。また、東欧のところどころに真っ黒なチュートン騎士団領がある。

カルパチアはルームとしょっちゅう戦争しているが、目に見えた成果は上がっていない。
かの帝国は、国土の広さの割に動員可能兵力は15000程度、皇帝の直轄領は安定して2・3個と少なく、見た目の広さほどの勢力は無い。
ルームと国力・兵力に大差が無いため、聖戦を仕掛ければ必ず周辺国家が参戦してくる、「攻めた側が負ける」状態が長く続いている。

HRE・フランスはド安定。イベリア半島のイスラム教徒はついに完全に叩き出され、カスティリャとポルトガル、アラゴンの三王家が分立した状態で安定している。

西欧世界で混乱しているのは相変わらずブリテン島だ。

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イングランド系のフィッツジェラルド朝アイルランド王国が、スコットランド王位の継承に成功、二王冠を兼ねるようになっている。
が、スコットランド北部はポーランド領になっているし、マンスター・アルスター両公がアイルランド王と内戦を展開中と安定の気配も見えない。
島の真ん中には堂々とフランス領があり、ポツポツと紫色のアキテーヌ王国領も散在し、またウェールズ系小王国も2つ生き残っている。
イングランド王は単独で30000の兵を興せるのだが、フランスの脅威の前にその兵力をうまく使えていないようだ。ブリテン島には統一の兆しすらない。

**1401年 Let's アナトリア [#v5e3238c]

さてジハード&十字軍である。前回始まったアフリカへのジハードは、実は我がラテン帝国へ、ではなく、
トリポリタニアなどのHRE領北アフリカに対してのものだった。
よって、何の憂いもなく、帝国総動員をかけて60000の兵を招集。ルームセルジュークが抑えるアナトリアへと侵攻する。

タイミングの良いことに、この頃ルームはカルパチアが仕掛けた聖戦によって、傭兵大量雇用(総兵力32000のうち20000が傭兵)からの資金繰り完全破綻の醜態をさらしている。

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ただ恐ろしいことに、アナトリアの奥地やカフカス山嶺で冬ともなれば、補給限界が僅か4000余りという凶悪な数値を叩き出すことがままあり、

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兵をできるだけ分散して同時並行での占領を行いつつ、黒海に船団を浮かべていつでも暖かい船の中に逃げ込める態勢を取る。

02年2月、冬の黒海岸で展開されたルーム軍の反攻に際しては、険しい地形を利して敵に攻撃させ、周辺諸地域に展開している部隊を一斉に増援として投げ込む、いつもの手を用い、

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良いタイミングで戦場に到着した教皇軍・イングランド王軍も含めた総計60000を超える軍でもって、
損害3500でルーム軍30000のうち23700を討ち取る未曽有の大勝利を得、敵の反攻能力を完全に奪い去った。

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後は盛り上がりもなにもなく、補給限界の損耗を避けて4・5000程度に部隊を小分け、各地を地道に占領して回り、

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03年12月、アナトリア十字軍に勝利。
アレラミチ家はモーリタニア・ギリシャ・エルサレムに続く、4つ目の王号を手に入れた。
アナトリアには一門をガンガン封じ、公爵号もドンドン創設。
一気に王国級領土を奪える十字軍は本当に楽しい。楽に勝てるならより一層楽しい。

**1404年 王位の安定管理のために [#yb358c3d]

で、アナトリア王位の継承法を確認してみると・・・

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分割相続法になっていた。セヴェリーノ1世には息子が一人しかいないので、事実上の長子相続として機能するのは良いが、
後のことを考えると変えられるときに変えておくべきだろう。

また、ここまで領土が広がると、配下の公爵の数も両手指の数を軽く越え、後継選挙の結果をコントロールするのが難しくなってきている。
特に「ラテン皇帝位が流出します」アラートは、息子がひとケタ年齢のころは本当に常時降りている状態であり、
手持ち王位と皇帝位が別人に継承される状態になっているのが恒常化していた。

ここまでやってきて、皇帝が突発死→帝位王位が選挙によって分割相続、となってしまっては色々物悲しい。
よって、ここでアナトリア王位もろとも、全ての継承法を長子相続に変えることを決断。

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平和令発動で封臣全員の私戦を強制停止させ、不満家臣には金と名誉称号と将軍位をばら撒いてフォロー。
手持ち称号すべてを長子相続に変更し、宗家による帝位独占を確立した。

今の家長セヴェリーノ1世は、系図を辿ると、

モンフェラート伯グリエルモ6世 → 長男
アンコーナ公「太っちょ」ボニファーチョ1世 → 長女
アルジェ公妃ルチア → 次男(長男は騎士団入り)
アルジェ公ルジェーロ1世 → 長男
モーリタニア「大王」ルイージ1世 → 長男
トレムセン公ルジェーロ1世 → 長男
モーリタニア「公正王」セヴェリーノ1世 → 三男
ラテン「無思慮帝」セヴェリーノ1世

と、女系を挟んではいるものの、初代アンコーナ公の血筋を連綿と継いできた。
アレラミチ宗家として、他の諸分家を束ねるにふさわしい血筋は他に無いのは明白である。((セヴェリーノ帝の兄2人? 見えない見えない))

**1404年 ジハードのその後 [#d20bbdb1]

一方、十字軍をさくっと終わらせた04年現在、ジハードは中小諸侯を中心に、ダラダラと続いている。

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ジハードに加わっているイスラム諸侯の称号を見ると、サトラップだのベイレルベイだの、ペルシャ系の諸家が多く加わっているのが分かる。
迎え撃つHREの方は、その総兵力は傭兵込で70000を突破しており、
ジハード前に仕掛けていたフランスとの戦争も同時並行して戦い、しかも両方で優勢を保つという絶対強者ッぷりをこれでもかと見せつけている。
結局、ジハードは戦域の遠さに戦力不足が重なって無事敗戦。HREとフランスの戦いも帝国が無難に押し切ることになる。

**1405年 ピャスト家の不屈と新教皇 [#b39f6591]

翌、05年。皇帝ただ一人の息子であるランドーネが成人した。

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うん。微妙。
父帝との関係がマイナス46になっているのは、親子がライバル関係になる代わりに、子に「野心的」を付与する教育イベントが起きたためだ。
「野心的」で全能力+2されていてなおこの微妙なステータスというのは中々凄い。
反乱抑止のため、可能な限り常備軍の規模を拡大しておこう。

なお、婚約者は帝国有数の大公爵であるシチリア公の次女、「天才」持ちのフォルトゥナータ。
ランドーネの3人いる姉たちは、1人はカルパチア皇帝の弟の妃となり、残り2人は国内の有力公爵家に嫁いでいる。
婚姻による不可侵条約で、大貴族に派閥を作らせなくするのも、国内安定には重要な施策だと思う。
もし嫁入り先で、子供に「近親婚」の遺伝特性が付いたとしても、その公爵家のマイナスになるだけで宗家には関係ないしね。

宗家の子供に「近親婚」が付いたら? ・・・修道院に入れればいいんじゃないかな。

またこの年、北欧ではまたしても大きな変動があった。

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40年前にノルウェー・ポーランド王位を相次いで失った、ピャスト家の女主人にして下ポーランド女公、エリザベータ。
なんとこの年、40年以上の時を経て、いかなる手段を用いてかノルウェー女王に復帰。ポーランドのど真ん中にノルウェー領が出来る事態となった。
そりゃ「the Great」の称号も帯びて当然とも思える偉業を成し遂げた女王であるが、
彼女は現ラテン皇帝の兄、上ブルグンド公アンブロジオと結婚し、男子2名女子3名を儲けている。
よって、ノルウェー王位の継承先は、既に亡き長男の子、直系の孫であるディーポルド・アレラミチ((ドイツ領内でドイツ人化教育を受けたようだ))となっている。
順調に行けば、次代のノルウェー王が親族のものになる。喜ばしいことだ!

そしてまた、この年、教皇庁でも新教皇が立った。
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アナスタシウス1世、アレラミチ家から出た初のローマ教皇である。
お互いにホモであるため、関係が73とやたら良いのが笑える。

いやもう、プレイヤーの全く介在しないところでこういうことが起こると、ああ、名家になったなあ、という実感があって色々たまらない。

**1408年 さらば天才 [#i78ffbcc]

08年。淡々と時間をすっ飛ばし、脅威度が5%を割り込んだことで、防衛協定が全て消滅。
早速、未回収のエジプトを手中に収めるべく、エジプトスルタン領・ディムヤート公領目がけて聖戦を布告する。

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エジプトは総兵力7000に満たない。常備パイク兵団と直轄領の10000、テンプル騎士団のみを動員しての気楽な戦争を始め、

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08年6月、その決着を見ることなく、ラテン皇帝セヴェリーノ1世は永遠の眠りに付いた。
ストレスだけで、43歳で死ぬとはいささか早めだろうか。後継者が成人した後で良かった。

セヴェリーノ1世はラテン皇帝位の簒奪者として悪名を響かせた。一方でアナトリア十字軍の立役者としてアナトリア王位をも手にした。
アレラミチ家の悲願であるビザンツ帝位の奪取は、彼の息子に託されることとなる。

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